1個の石器とは [石器研究]
「1個の石器は1個の石器であり、1個の貨幣は1個の貨幣であるということには何の問題もない。」(オルトン,C.(小沢・及川訳)1987『数理考古学入門』雄山閣:171.)
という文章を引用して、「本当に石器と貨幣を同列に論じることができるのか」という考古資料の個体数算定に関する疑問を提出し、石器の最小個体数(MNI)と階層的石器体系について発表したのは、今から10年前のことになる(五十嵐2002「石器資料の基礎的認識と最小個体数(MNI)」『日本考古学協会第68回総会 研究発表要旨』:29-32.)。
ところが10年が経過しても、事態は一向に改善の兆しを見せない。
例えば、
脱原発世界会議 [研究集会]
脱原発世界会議 2012 YOKOHAMA
GLOBAL CONFERENCE FOR A NUCLEAR POWER FREE WORLD
日時: 2012年1月14日(土)・15日(日)
会場: 神奈川県 パシフィコ横浜
主催: 「脱原発世界会議」実行委員会
(ピースボート/環境エネルギー政策研究所/グリーン・アクション/原子力資料情報室/国際環境NGO FoE Japan/国際環境NGO グリーンピース・ジャパンほか)
「NUCLEAR FREE NOW
福島の原発事故をへて、私たちは岐路にあります。
子どもたちを守り、夢と希望をつなぎたい。
核の時代を終わらせ、自然と生きる未来をつくりたい。
できるんです。
世界の人々とつながれば。」(案内パンフレットより)
考古トリビア [雑]
問32 濱田耕作が「通論考古学 第三章 調査の方法(一)八五、図版」の項で述べていることで正しいのはどれか。
A. 報告書の中で本文が最も価値があり、それで伝えきれない部分を図版で効果的に補う。
B. 報告書の中で図版は本文あるいはそれ以上の価値があり、図版を主として伝えきれない部分を本文で補う。
C. 写真は従来の図画よりも正確で速く、大幅な費用の節約をもたらすもの。
D. ミハエリスは近世考古学進歩の大原因の一つに写真を挙げている。
正解:B
公益社団法人 日本文化財保護協会「平成23年度 埋蔵文化財調査士補 資格試験 筆記問題(Ⅰ択一式)」より(以下同)
宗教団体の教典ではないのである。
いくら名著とは言え、90年も前に出版された書籍の一節を取り上げて、21世紀の現在その内容を問うという神経が理解できない。
「国宝」という問題 [総論]
文化財保護法 第二十七条 文部科学大臣は、有形文化財のうち重要なものを重要文化財に指定することができる。
2 文部科学大臣は、重要文化財のうち世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるものを国宝に指定することができる。
「国宝 1.国家の宝、くにのたから。 2.重要文化財のうち、特に学術的価値が高いもの、美術的に優秀なもの、文化史的意義の深いものとして、文部大臣が指定した建造物・彫刻・工芸品・古文書など。」『広辞苑』
2010年度分を含めて現時点での総数1082件、今回問題とするのは、ここから建造物(216件)を除いた、美術工芸品(866件)についてである。その内訳は、絵画(158件)、彫刻(126件)、工芸品(252件)、書跡・典籍(223件)、古文書(60件)、考古資料(44件)、歴史資料(3件)である。
韓日文化財交流大会 [研究集会]
蓮池寺鐘環収国民運動 第1回 韓日文化財交流大会
연 지 사 종 환 수 국 민 행 동 한 일 문 화 재 교 류 댸 회
日時:2011年12月17日(土)~19日(月)
場所: 韓国・慶尚南道・晋州市
主催: 蓮池寺鐘環収国民運動
後援: 慶尚南道・晋州市、韓国文化財庁
「蓮池寺鐘還収国民運動は、今年で創立3年目となる活動である。統一新羅時代の833年に鋳造されて、壬辰倭乱(文禄の役)の翌年(1593年)に晋州城陥落で略奪され、現在は日本国福井県敦賀市の常宮神社が保管する晋州蓮池寺鐘の還収運動を行っている。この文化財還収運動は、単に晋州圏域の歴史・文化運動に終わらず、関係する国家相互間における略奪文化遺産の共感形成と同時に、蓮池寺鐘還収のために韓国と日本の文化財および歴史研究者の互恵的関係改善が先行して進められなければならない。」(『蓮池寺鐘還収韓日文化財交流大会計画案』「事業目的」から一部改変して抜粋)
日本考古学協会図書収集・受入れ停止文書問題 [雑]
「東京都の五十嵐彰会員から、協会からの「寄贈停止」文書の送付数と、これまで受贈した全ての機関に出したのか、という質問があった。
石川理事から、2010年度に送付されてきた機関にのみ通知し120~130件程度だと回答があった。さらに五十嵐会員から、海外の機関にも出したのかという質問に対し、石川理事が、現在準備中で出していない、と回答した。続けて五十嵐会員から、海外との交流が途絶えるのは国際交流という観点から問題がある、という意見があった。」(「日本考古学協会第77回総会抄録」『日本考古学協会会報』No.173:6.)
「準備中」であった作業(海外寄贈先研究機関への寄贈停止の事務連絡文書の発送)は、半年が経過した現時点において実行に移されたのか、それとも「準備中」の作業は「準備中」のまま何らかの要因によって中断・停止しているのか、それとも「準備中」の作業そのものが何らかの要因によって取りやめになったのか、公開されている情報からは一切窺い知ることができない【2011-06-02】参照。
また「国際交流という観点から問題がある」と5月28日に指摘したにも関わらず、1ヶ月後の7月2日に開催された「国際交流委員会」において本件が討議された痕跡を見いだすことができない。そこでなされたのは、1)委員長・副委員長の選出 2)協会ウェブサイトに掲載する英文紹介遺跡の選出 3)アジア歴史・社会科教科書分析に関する刊行計画 4)アジア考古学四学会合同公開講演会および東アジア考古学会の開催了承 のみである(「7月理事会議事録 報告第116号 国際交流委員会報告」『日本考古学協会会報』No.174:43.)。
全国遺跡資料リポジトリ・ワークショップ(報告) [研究集会]
全国遺跡資料リポジトリ・ワークショップ in 東京
文化遺産の記録をすべての人々へ! -遺跡資料リポジトリの自立的な展開をめざして-
日時:2011年11月26日(土) 13:00~17:30
場所:東京都千代田区一ツ橋 国立情報学研究所 12階会議室
主催:国立情報学研究所CSI委託事業(領域2)全国遺跡資料リポジトリ・プロジェクト
14:30~15:00 「デジタルとアナログの狭間で -埋蔵文化財行政の場合- 」
1.重要課題に関する現状認識
2009年11月: 「シンポジウム・遺跡リポジトリ」大阪大学
2010年5月: 『発掘調査のてびき』文化庁文化財部記念物課監修
2010年12月: 「全国遺跡資料リポジトリ・オープンカンファレンス」大阪大学
2011年8月: 「提言 歴史学・考古学における学術資料の質の維持・向上のために -発掘調査のあり方を中心に-」日本学術会議 史学委員会 文化財の保護と活用に関する分科会
全国遺跡資料リポジトリ・ワークショップ(予告) [研究集会]
全国遺跡資料リポジトリ・ワークショップ in 東京
文化遺産の記録をすべての人々へ! -遺跡資料リポジトリの自立的な展開をめざして-
日時:2011年11月26日(土) 13:00~17:30
場所:東京都千代田区一ツ橋 国立情報学研究所 12階会議室
主催:国立情報学研究所CSI委託事業(領域2)全国遺跡資料リポジトリ・プロジェクト
1.埋蔵文化財保護行政の現状と課題 -『発掘調査のてびき』から-(水ノ江 和同)
2.遺跡資料リポジトリのこれから -永続への課題-(笹本 正治)
3.デジタルとアナログの狭間で -埋蔵文化財行政の場合-(五十嵐 彰)
4.遺跡データベースと報告書(菅野智則)
5.遺跡資料リポジトリ・プロジェクトの現況(吉光 紀行)
パネルディスカッション
「明大キャンパスの戦争遺跡」 [研究集会]
日時:2011年11月6日(日) 午後1時~4時
場所:調布市文化会館たづくり8階映像シアター
主催:調布市教育委員会、調布市郷土博物館
1.「陸軍登戸研究所 -戦争の記録と記憶・保存と活用-」山田 朗氏(明治大学平和教育登戸研究所資料館)
2.「発掘資料から見た調布飛行場の戦中・戦後」新井 悟氏(川崎市市民ミュージアム)
拙ブログの考古誌批評『下原・富士見町遺跡Ⅰ』【2011-09-29】で提出した問い、「近・現代遺跡としての調布飛行場とその周辺」と「下原・富士見町遺跡」の相互関係について、その答えを伺おうと思って参加したのだが、残念ながら目的を果たすことは叶わなかった。
「論文展望」 [拙文自評]
以下は、『季刊 考古学』第117号(2011年10月25日)に掲載された「論文展望 遺構時間と遺物時間の相互関係」のために用意した当初の、すなわちオリジナルの文章である。ところが、何と論文の内容に至る以前の問題提起の部分を書き連ねただけで、要求されている分量(800字)を遥かに超え出てしまった(およそ1400字)。ここからおよそ半分にしなければならないわけである。肉を削ぎ、骨を断つしか手はない。結果は・・・
もとよりある論考を、およそ800字で紹介するということ自体が、どだい無理な注文のように思われて仕方ない。もちろんそうした技芸を難なくこなす達人もおられることとは思うのだが。
そもそも自らの論文を自らが紹介するという趣向そのものに、かねてより首をかしげていたのだが、今回その役回りを自らが演ずるようになるとは・・・
論文要旨ならば論文そのものの冒頭に付されているわけだから、それをなぞるような文章を改めて掲載する意図は測りがたい。ならば、論文の内容を縮約するのではなく、問題提起だけであったとしてもそれはそれで受容されるのではないか。そもそも「展望」という用語には、そうした意味も込められているのではないか、と無理にでも自らを納得させたのだが。
ある遺構が作られて使われた時間を知るには、どうしたらいいだろうか。
ある遺構から出土した遺物が示す時間を、その遺構が使われていた時間と考えていいのだろうか。
離れて位置するいくつかの遺構を同じ時期あるいは異なる時期とするのは、いったいどのような根拠に基づいているのだろうか。






