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考古累重論(過去・現在) [総論]

1. 「それのみでなく、吾々の研究に對する最も都合の好い「確實な」発見物でさへ、全體の品物が同時に埋められたものである事しか證明しない。全體の品物が同時代に作られたか否かに関しては、此等の発見物は何等の確証を與へないのである。」(モンテリウス 1932『考古學研究法』:16.)

2. 「考古学において、遺物・遺構および遺跡の時期を決定するための、もっとも基本的な、かつもっとも決定的な方法は、層位学的方法である。層位学的方法は、同一地点において、遺物・遺構および遺跡の垂直的な位置関係 -層位的関係- は、それらがその地点に残された時点以後に動かされていないかぎり、時間的な前後関係におきかえられるという原理にもとづいている。つまり、ある遺物・遺構あるいは遺跡がある地点に残され、それが人為的な、あるいは自然の堆積作用によって、”それらが残されたままの状態” -in situな状態- で埋没したのち、さらに、同じ地点に、ふたたび別の遺物・遺構あるいは遺跡が残された場合、前者、すなわち、下位にある遺物・遺構あるいは遺跡は、後者、すなわち、上位にある遺物・遺構あるいは遺跡よりも古い時点に残されたと判断することができるわけである。」(大井 晴男 1966『野外考古学』東京大学出版会:19.)

3. 「…注意しなくてはならないことは、人為的に形成された層の推移と、それに包含されている考古資料の推移は必ずしも一致しない、ということである。」(江坂 輝弥 1983「層位学的研究」『日本考古学小辞典』ニュー・サイエンス社:193.)

4. 「ここで注意しておかなくてはならないのは、型式学の場合には、属性の中で、モノが製作された時の属性により、年代観を決めるのに対し、層位学の場合には、属性の中で、モノが廃棄された時の属性によって年代観を決めることである。さらに言うと、層位学の場合には、モノが堆積した時の新旧関係を示しているに過ぎないということである。厳密に言えば、両者は全く異なる範疇に属す属性であり、型式学による新旧関係を層位学による新旧関係で検証することはできないことも考慮に入れる必要がある。通常のばあいには、製作から廃棄まで、そう長い時間的経過があったとは考えられないということで、製作と廃棄の間の時間的経過は捨象し、年代観をだしている。」(藤本 強 1985『考古学を考える』雄山閣、増補1994:87.)

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小杉2017「遺跡形成論と遺跡化分析」 [論文時評]

小杉 康 2017 「遺跡形成論と遺跡化分析 -縄文草創期後半における「相対的な定住性の高まり」仮説の再検証-」『理論考古学の実践 Ⅰ 理論編』安斎 正人 編、同成社:228-258.

まず簡単な経緯を記しておこう。
1986~88:日影山遺跡発掘調査 → 1989:同報告
1988:TNT No.200遺跡第1次調査 → 1989・1996:同報告
1994~96:TNT No.200遺跡第2・3次調査 → 2002:同報告
2006:及川「撚糸文期住居跡が崩れた」
2017:小杉「遺跡形成論と遺跡化分析」

2006年に10年前に自らが携わった<遺跡>調査の報告について自己批判を行なった及川2006では、およそ20年前になされた自組織の調査報告および近隣の調査事例として日影山の報告についても検討された。
その際に及川氏は、五十嵐1999「遺跡形成」(2004a「遺跡形成」)・2004b「考古記録」・2004c「痕跡連鎖構造」などを参考に「遺跡形成論」や「考古記録」について述べられていた。今回の小杉2017では、こうした点についてシファーの「行動考古学」や「文化的形成過程」に関する五十嵐の理解が、「正確ではない」(242.)あるいは「何が説明されたのかよくわからない」(244.)として、自らの「考古学的資料の形成過程」と題する挿図を提示されている。小杉氏には、私の至らない理解を正して頂いた点を謝すると共に、ご迷惑をお掛けした及川氏に対してお詫び申し上げたい。

そこで改めて確認したいのは、以下の2点についてである。
1.及川2006の日影山遺跡報告批判によって、小杉1989(「日影山遺跡における石器経営の解明に向けて」『真光寺・広袴遺跡群Ⅳ』:373-396.)は影響を受けるのか?
2.今回の小杉2017による及川2006批判によって、及川2006自体は影響を受けるのか?

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吉田、アートル編2017『考古学と現代社会』 [全方位書評]

吉田 泰幸、ジョン・アートル 編 2017 『文化資源学セミナー「考古学と現代社会」2013-2016』(Japanese Archaeological Dialogus)金沢大学 人間社会研究域付属 国際文化資源学研究センター(CCRS)

今年の総会@大正大学は、本書をゲットするのが大きな目的だった。何せ「タダ」だというのだから、内容は値段に相関しないという典型的な事例である。

序章 セミナーシリーズ「考古学と現代社会」は対話から生まれた(吉田 泰幸)
1.縄文住居復元と史跡公園
 1-1. 縄文時代の建物復元の方法と課題(高田 和徳)
 1-2. 考古学の多様性と縄文住居復元(ジョン・アートル)
 1-3. 対話:縄文住居復元と史跡公園
 1-4. 「縄文住居復元と史跡公園」をふりかえる(吉田 泰幸)
2.歴史復元画と考古学
 2-1. 縄文人はどのように描かれてきたのか(吉田 泰幸)
 2-2. 縄文人をどのように描いてきたのか(安芸 早穂子)
 2-3. なぜ「おしゃれ」な縄文人を描こうとしたのか(小山 修三)
 2-4. 対話:これから縄文人をどう描くのか
 2-5. 「歴史復元画と考古学」をふりかえる(吉田 泰幸)
3.現代「日本」考古学
 3-1. 現代日本の考古学、社会、アイデンティティ(溝口 孝司)
 3-2. 日本におけるパブリック・アーケオロジーを考える(岡村 勝行)
 3-3. 対話:現代「日本」考古学
 3-4. 「現代『日本』考古学」をふりかえる(吉田 泰幸)
4.多様性・持続可能性と考古学
 4-1. 食の多様性と文化の盛衰(羽生 淳子)
 4-2. ジェンダー教育と考古学(松本 直子)
 4-3. 対話:多様性・持続可能性と考古学
 4-4. 「多様性・持続可能性と考古学」をふりかえる(吉田 泰幸)
5.さよなら、まいぶん
 5-1. 文化遺産を機能化するNPOセクター(赤塚 次郎)
 5-2. もしドラッカーが日本の「まいぶん」の現状を眺めたら(岡安 光彦)
 5-3. 対話:さよなら、まいぶん
 5-4. 「さよなら、まいぶん」をふりかえる(吉田 泰幸)
6.ハイパー縄紋文化の難点
 6-1. 縄文と現代日本のイデオロギー(吉田 泰幸)
 6-2. 消費される縄紋文化(大塚 達朗)
 6-3. 対話:ハイパー縄紋文化の難点
 6-4. 「ハイパー縄紋文化の難点」をふりかえる(吉田 泰幸)
7.Reflections on Archaeology and Contemporary Society(ジョン・アートル)

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安蒜2017『日本旧石器時代の起源と系譜』 [全方位書評]

安蒜 政雄 2017 『日本旧石器時代の起源と系譜』雄山閣

「だとすれば、旧石器時代人が移動していたことを示す、はっきりとした証拠があるはずだ。そして、日本で開発された石器群の個体別資料分析法が、確かな移動の裏付けをとった。」
「このように、同じ原石から打ち割り打ち欠かれたものどうしは、必ず過不足なく元の状態に接合するという、同一原石の接合原則を利用して、遺跡から出土する全石器(石器群)を原石ごとに区分して観察する方法を、個体別資料分析法という。1974年に、著者が考案した石器の研究法である(安蒜1974)。」(120.)

「確かな移動の裏付けをとった」とされる「著者が考案した」「個体別資料分析法」の現在2017年の説明と定義だが、果たしてこれで十分と言えるだろうか。「個体別資料分析法」は単に「原石ごとに区分して観察する」だけの方法なのだろうか? 9年前には、著者自ら「個体別資料」の同時性について「確固とした方法論を欠いている」と述べていたのだが(安蒜2008「総評」『後期旧石器時代の成立と古環境復元』(比田井ほか編2008:204.)
それにしても「接合原則」とは、いったいどのような「原則」なのだろうか? 打ち欠かれたものは接合するという「原則」なのか? それとも異なる原石から打ち欠かれたものは接合しないという「原則」なのか?

「ところでブロックはイエの跡であった。したがって、環状ブロック群は、イエが円を描くようにして建ち並ぶムラの跡でもある。それを、環状のムラと呼ぶ(安蒜1990)。この環状のムラこそ、旧移住民が最初に構えた、日本列島最古のムラの姿であった。」(160.)

3年前に紹介した「イエとムラ」仮説の起源である。

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山本2017「マテリアリティとしての敷石とその場所が創る特異な景観」 [論文時評]

山本 典幸 2017 「マテリアリティとしての敷石とその場所が創る特異な景観 -縄文時代中期終末の石棒を残す敷石遺構-」『理論考古学の実践』Ⅱ 実践編、安斎 正人編、同成社:204-234.

「前稿の註8(山本典2016a:225-226)で、緑川東遺跡の敷石遺構SV1の機能や大型石棒のライフサイクルに関する問題提起に加えて、それらの分析経過と予測を述べた。少し長いが、一部の文章を入れ替えるとともに遺構名や遺物名、挿図の引用箇所などを補足した上で、以下に示す。」(206.)
として、旧稿の文章がほぼそのまま再録されている。その旧稿の文章については、五十嵐2016「緑川東問題」:17.にて、以下のように述べた。
「「まるで置かれていたかのような状態」とは、「置かれていたように見えるが、実は置かれていない」という理解を示している。「4本のほぼ未使用と推測された」という根拠も不明である。」(五十嵐2016:17.)

ところが、こうした事柄に関する応答は記されていない。というより五十嵐2016「緑川東問題」という論稿そのものに関する言及が一切なく、「引用・参考文献」にも挙げられていない。引用・参考に値しないとの判断なのだろう。同じような主題である前回紹介した中村2017と大きく異なる点である。

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中村2017「縄文時代中期末葉から後期初頭柄鏡形住居床面の石棒・土器・屋内土坑」 [論文時評]

中村 耕作 2017 「縄文時代中期末葉から後期初頭柄鏡形住居床面の石棒・土器・屋内土坑 -国立市緑川東遺跡SV1をめぐって-」『史峰』第45号、新進考古学同人会:1-18.

「その後、当該事例については多くの研究会や論文などで取り上げられたが、2016年になり、五十嵐彰(2016)が敷石構築時の石棒設置の可能性を提起した。つまり、a:一般的な敷石住居のb:廃絶後に、c:敷石が除去されて石棒がd:廃棄されたとする報告者の見解に対し、五十嵐は、b':当初から石棒をd':並置するa':特殊施設としてその部分にc':石を敷かずに構築されたという見方もできることを示した。この背景には、五十嵐が考古時間論、部材論(遺構/遺物論)など考古学的な思考方法を理論的に議論してきたことがある(五十嵐2011など)。」

問題提起に至る背景にまで言及して頂き、有り難いことである。

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タグ:緑川東問題
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「とてつもなくない」という評価について考える [雑]

「…五十嵐が示す根拠である「大形石棒の特殊性」については、長田が当日資料に記したようにあくまでも私達の主観的な考えにすぎず、それを考古学的事象、特に今回の発掘調査によって得られた情報によって証明することは難しい。「廃絶時設置」説の影に、五十嵐が言うとおり「石棒の廃絶時儀礼」という呪縛があるとすれば、五十嵐の側にも「大形石棒を「とてつもない」と感じる」ことが「あたりまえの感覚」(五十嵐2017)という呪縛があるように筆者には感じられた。」(合田 恵美子 2017「公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」」『東京の遺跡』第108号:1.)

言わば「呪縛返し」である。しかしどうも「筋」がずれているようである。
この「呪縛返し」の前提は、以下の文章である。
「あの4本の大形石棒が生み出されるにあたって膨大な時間と労力が費やされた、そこに当時の人びとの壮大な思いが込められていたという想定を否定する人はいないのではないか。」(五十嵐2017a「緑川東・廃棄時設置という隘路」『東京の遺跡』第107号:3.)
「とてつもない代物を「とてつもない」と感じる当たり前の感覚と、それを整合的につなげていく当たり前の論理が求められているのではないか。」(同:4.)

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五十嵐2017c「接合空間論」 [拙文自評]

五十嵐 2017c 「接合空間論 -<場>と<もの>の認識-」『理論考古学の実践』Ⅰ 理論編、安斎 正人 編、同成社:137-164.

「本稿では、接合という考古学的な空間事象が示す意味について考える。まず多様な接合様態について、水平方向の離散関係と垂直方向の重複関係に区分して、その全体像を確認する。次に石器および礫資料の実際の接合分布状況について、10m以上の長距離接合事例を中心に概観する。その際には特に「離散単独」という分布形態に着目する。さまざまな接合分布形態の内実を明らかにするために、異なる<場>から出土した2枚の剥片という最も単純な仮想例に製作と移動という基本モデルを組み合わせて実際の接合資料を説明する手立てとする。異なる場所から出土した資料が接合することによってもたらされる<場>と<もの>の相互関係が紡ぎだす豊かな語りについて考える。」(139.)

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公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」自由討論記録 [研究集会]

「公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」自由討論記録」『東京考古』第35号:1-20.(2017年5月

キーワードは2つ、「合わせ技」と「為にする議論」である。

「合わせ技」(3.)とは、「技あり」を2回取ったときに合わせて一本勝ちとなることをいう。すなわち「技なし」をいくら合わせても「一本」にはならない。問題は廃棄時説の4条件それぞれに「技あり」が認定されるかどうかである。更なる説明を求めたい。

「為にする議論」(10.)とは、「ある意図の下にあらかじめ結論を決めて、都合のいい論拠だけを挙げるような議論」(「はてなキーワード」より)である。どこかで聞いたような文言である。

「すなわちそれは何らかの考古事象の観察によって「敷石の除去」という判断がなされて、その結果として「廃棄時設置」という結論が導かれたのではなく、最初に「廃棄時設置」という結論があり、そのことを補強するために「敷石の除去」という説明が持ち出されたのではないか、という疑念である。」(五十嵐2017a「緑川東・廃棄時設置という隘路」『東京の遺跡』第107号:4.)

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タグ:緑川東問題
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緑川東問題の深層心理学(サイコアナリシス) [総論]

「そもそも緑川東問題が生じるに至った直接の契機は、「なぜ廃棄論者たちはあれほど「敷石の除去」にこだわっているのか」という素朴な疑問であった。」(五十嵐2017a「緑川東・廃棄時設置という隘路」『東京の遺跡』第107号:4.)

*なぜ、敷石除去にこだわるのか?
  なぜならば、一般住居の廃棄時設置だから。
*なぜ、一般住居の廃棄時設置なのか?
  なぜならば、石棒並置は石棒の使用形態ではないから。
*なぜ、石棒並置は石棒の使用形態ではないのか?
  なぜならば、石棒の使用形態は樹立だから。
*なぜ、石棒の使用形態は樹立なのか?
  なぜならば、石棒は男性器(男根)を模した<もの>だから。
*なぜ、男根を模した<もの>の使用形態は樹立なのか?
  なぜならば、男根の使用形態は樹立だから。

「石棒神話」すなわち樹立願望(マスキュリニズム)を明らかにしていかなければならない。
リビドーといったことも考えなければならないだろう。

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「返還考古学」という新しい枠組みへ [拙文自評]

五十嵐2017b「「返還考古学」という新しい枠組みへ -第8回世界考古学会議で考えたこと-」『韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議年報2017』第6号:9-13.

本稿は、2016828日から92日にかけて京都・同志社大学今出川キャンパスで開催された第8回世界考古学会議(WAC8)において文化財返還問題がどのように論じられたのかについて述べるものである。2016831日から921日にかけて発表した拙ブログの各記事(第2考古学)20161010日発行の『東京の遺跡』第106号(東京考古談話会)所収の「WAC-8が浮かび上がらせた世界の中の「日本考古学」」(106-34)と題する短文、2017128日に北海道大学アイヌ・先住民研究センターで開催された先住民考古学ワーキンググループ2016年度第1回ワークショップにおいて「返還問題から見る先住民考古学の位相 -返還考古学という視座-」と題して行なった口頭発表を基にしている。」(9.)

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緑川東の「必要」と「安易」 [考古誌批評]


2017年2月19日に開催された公開討論会における討論個所の記録化作業も進んでいるようである。
例年通りの発行ならば5月下旬には『東京考古』の最新号に掲載されるだろう。

「一方の敷石除去に関しては遺物出土状況からは確証が得られない。しかし、接合礫02・04・10・12などに床面レベルと壁ぎわ上部の接合が認められる点や(第82図)、のちに石棒上に投入される大形の接合礫09・53が除去された敷石の可能性を有する(図版7)といった状況証拠はある。また竪穴南西部に必要以上に積み上げ、あるいは敷石上に放置された礫の状態からも(図版7)、剝がされた敷石の行方を推測することができよう。」(黒尾・渋江2014「遺構における遺物の出土状況」『緑川東遺跡 -第27地点-』:131. 下線強調は引用者)

先の『公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」資料集』にも「敷石遺構SV1出土石棒の「並置」のタイミング」(3-4.)と題してわざわざ再録された文章である。いわば「廃棄時説」のカナメとも言えよう。

その中で気になるのは「必要」という言葉である。
この場合の「必要」とは、誰にとっての、どのような「必要」なのだろうか?
当然のことながらSV1を構築した当事者にとってどの程度壁面に礫を積み上げる「必要」があったかなどは、私たちに推し量る術もない。ということはあくまでも現代の私たちが、おそらく彼ら/彼女らにとってはこの程度は「必要」なのだろう、これ以上の高さに積めば「必要」以上なのだろうと推測した限りでの私たちの価値観を投影した「必要」なのであろう。

ところが、ここから次なる問題が生じる。
すなわち「廃棄時説」の根本は、通常の敷石住居(SI)を再利用して(中央部分の敷石と炉を除去して)大形石棒を設置して特殊な遺構(SV)にしたという「通常住居再利用説」なのだが、この場合の「通常の敷石住居」なるものを規定している要件こそが、正に「必要以上に積み上げない」という壁面敷石状況の「必要」性なのである。だから「必要以上に積み上げている」と考えたSV1という遺構は、「必要以上に積み上げない」「通常の敷石住居」ではないと自ら公言していることになりはしないか?

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ジョンソン2017『入門 考古学の理論』 [全方位書評]

マシュー・ジョンソン(中島 庄一訳)2017『入門 考古学の理論』第一企画(Matthew Johnson 2010 ARCHAEOLOGICAL THEORY: An Introduction. 2nd Edition, John Wiley & Sons Ltd.)


序 理論の抱える矛盾
第1章 常識だけでは通用しない
第2章 ニューアーケオロジー
第3章 科学としての考古学
第4章 ミドルレンジ・セオリー、民族考古学と物質研究
第5章 文化とプロセス
第6章 思想とイデオロギー
第7章 ポストプロセス考古学と解釈学的考古学
第8章 考古学、ジェンダー、アイデンティティ
第9章 考古学と文化進化論
第10章 ダーウィンの進化論と考古学
第11章 考古学と歴史学
第12章 考古学、政治及び文化
第13章 結論 理論の未来
用語解説
より深く学びたい人のために


隣接諸科学、例えば文化人類学、地理学、地質学などでは、こうした欧米における一般的な教科書がいくつも翻訳されており、それらを読むことで学部生や初学者が欧米における基礎的な知識を身に付けることができるように配慮されているのだが、「日本考古学」でもようやくそうした環境が整いだしたことを感じさせる一書である。

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タグ:翻訳 理論
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境<遺跡>問題 [遺跡問題]

富山県朝日町の翡翠や蛇紋岩を用いた石器の製作工程を明らかにした「境遺跡」ではない。
正確には「行政境界を含むあるいは接する<遺跡>問題」となろうか。
第2考古学の主要な部分を占める<遺跡>問題の一分野である。

私の数少ない発掘調査経験の中でも、そうした事柄に接触したことが2度ほどあった。
であるからして、全ての「遺跡」と称されている「包蔵地」における境<遺跡>の占める割合は1割(10%)とまではいかなくても、1分(1%)ぐらいは占めているのではないだろうか?

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緑川東討論会・その後 -「使用」概念を巡る若干の考察- [総論]

「…緑川東遺跡の敷石住居をどのような眼差しで観るのかということが明示されることが必要である。もちろん、すでに、触れたように、できる限り事実のネットワークの抵抗が少ない眼差しである。
だとすれば、四本の大型石棒が並置され、それは石棒の機能の一つを継続中なのだと考えること、敷石住居の建築部材の一部であると考えること、などなどの「気づき」はどのように仮説化されるのか、あるいは、どのように、最も事実の抵抗のネットワークの抵抗の少ない言明にすることはできるのかを考えなければならない。」(G・Gの考古学な毎日:公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」2017年2月26日

2月25日から3月10日にかけて5回に分けて公開討論会の感想が記されている。
おそらく拙ブログ記事「緑川東遺跡の大形石棒について考える(報告)」【2017-02-24】を読んで頂いたのであろう。
ビンフォードからシャンクス&ティリーまで種々述べられていることでよく理解できない部分もいくつかあるのだが、何より一つの反応を示されたということが大変有意義だと思う。

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過去への向き合い方 [学史]

「過去への批判は、過去の歴史と歴史遺産とどう向き合うかという、すぐれて現代の私たちの実践とかかわる問題である。」(春成 秀爾2016「日本考古学の父、濱田耕作」『通論考古学』岩波文庫(青N120-1):290.)

「南京陥落時の祝賀式で「南京陥落の快報は至れり。吾人皇国の臣民たる者欣喜の情景に譬ふるもの無し……」の訓示を垂れ、教練学生の閲兵などで濱田は総長として「厳然たる御姿」を見せた(寺田俊雄「濱田先生の追憶」『濱田先生追悼録』京都帝国大学文学部考古学教室、1939年)
しかし、本心はそうではなかったのである(「春成秀爾「二つの「古代の遺物」-濱田青陵」『考古学者はどう生きたか』学生社、2003年)」(同:293.)

さて、その「本心」とは?

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大島2014『月と蛇と縄文人』 [全方位書評]

大島 直行2014『月と蛇と縄文人 -シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観-』寿郎社

「…考古学の世界では出土品などの分類が目的化してしまい、ほかの学問の成果を取り入れて縄文人の精神性を明らかにするという作業を長い間怠ってきたのです。次から次と掘り出される資料の分類につねに翻弄されていて、その余裕がなかったともいえますが。
どんな学問もそうですが、考古学もまた「人間とは何か」を明らかにするためにあります。ですから縄文人についても、もっと人間としての側面から研究することが必要なことは明らかです。科学も文字もない社会で生きていくためには、もっぱら「人類の根源的なものの考え方」を用いて「世界(自然)を認識する」ことが必要だったはずです。」(6-7.)

著者は2月19日の公開討論会にわざわざ北海道から参加されて、励まされる意見を頂いた。
「合理的・科学的思考でものを考える、あるいは経済的価値観を至上とするような現代社会に生きる私たち」に対して刺激的で示唆に富むコメントだった。

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緑川東遺跡の大形石棒について考える(報告) [研究集会]

公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」
日時:2017年2月19日(日)
場所:東京都埋蔵文化財センター 2階会議室
主催:東京考古談話会 
後援:東京都埋蔵文化財センター・国立市教育委員会 
協力:セツルメント研究会

「報告書の刊行後に、大形石棒が設置されたのが「敷石遺構SV1」の廃絶時以降という報告書の所見に対して、製作時の可能性も否定できないのではないか、むしろそう考えるべきではないのかという疑義が、『東京考古』および『東京の遺跡』誌上で提示され、またそれに対する反論も出されています。」(東京考古談話会・企画担当 黒尾・追川・中村2017「公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」の開催にあたって」『公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」資料集』)

「報告にしっかり目を通せば理解してもらえると信じている」(黒尾2016「考古学的判断の妥当性とは」)というのが「反論」に値するのか疑問とせざるを得ない。

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下原・富士見町遺跡Ⅲ<承前> [考古誌批評]

石材-石質-石質細分の非連動性以上に問題なのは、石材や石質や石質細分と接合個体の非連動性である。

「接合番号:接合個体を識別するIDで4桁の数字で表されている。0001番から接合した順序に新しい番号を与えていったので、最初は連番になっていたが、接合個体同士が接合した時に2つの接合番号が統合され、1つの番号(原則として若い方の番号)になった時、もう1つの番号は間違えのないように欠番としたため、抜けている番号がある。」(Ⅲ(2):16.)

ある接合個体は、ある石質細分あるいは石質あるいは石材に含まれるのではないのか?
こうした基本的な事柄が、どうして関連付けられずに「接合した順序に新しい番号を与えていった」という場当たり的な命名システムになってしまうのだろうか? 
述べられるべき問題は、欠番があるとかないとかではなく、より本質的な事柄が指摘されていたはずである。

「石材・原産地・母岩(非接合資料を含む)・接合(石核と剥片を含む場合は個体)・石器(石核・剥片など)という整合的な資料提示が必要である。」(五十嵐1998「考古資料の接合 -石器研究における母岩・個体問題-」『史学』67-3・4:120.)
「基礎データの提示としての報告書も、自らの報告内容の中だけで完結する自己満足的な提示方法ではなく、あらゆる状況に対応しうる提示方法と用語体系の構築が意図されなければならない。その上で、ただ接合すればよいというのではなく、接合実測図や接合分布図を材料として何をいかにして見い出していくのかという明確な意図が示される必要があろう。本稿で提示した問題の所在が受け止められ、生産的な議論がなされることによって現在の石器研究におけるもつれた糸が少しでも解きほぐされることを願う。」(同:121.)

未だに「整合的な資料提示」がなされずに、糸はもつれたままということの原因は何なのだろうか?
非整合的で自己満足的な資料提示の方が単に楽だから、といったことなのか?
遺物群の垂直方向の区分(「垂直区分帯」)や集中部の設定(Ⅲ(1):12-20.)には、あれだけ詳細で緻密な作業がなされているにも関わらず。
おそらく接合資料の表示システムを石材などと連動させないほうが、より有益であるとの判断に基づくのだろう。

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下原・富士見町遺跡Ⅲ(2) [考古誌批評]

東京都三鷹市・調布市 下原・富士見町遺跡Ⅲ 後期旧石器時代の発掘調査(2) 石器接合資料とその分布 2004~07年度明治大学附属明治高等学校・明治中学校新校舎建設予定地における埋蔵文化財発掘調査報告、明治大学校地内遺跡調査団調査研究報告書6、明治大学校地内遺跡調査団編、学校法人 明治大学 2016.7

日本全国の旧石器研究者が注視していた10年以上に及ぶビッグ・プロジェクトの最終成果品である。

「個体類型、MB、MC、MFの最初の1桁のMは個体を表しており、2番目のB、C、Fはそれぞれ折れ、石核、剥片の意味である。よって、MBは折れ・折り接合のみによって接合している個体を表している。MCは接合個体の中に石核を含む接合個体を表し、MFは剝離接合のみで、石核を含まない接合を表している。」(鈴木:15.)

そもそも、といった事柄から論じなければならない。

「「割る」という行為と、「割る」ことによって生じる「(剥片)剝離(剝離面)」(removal)という現象(痕跡)が区別される。こうした1回の打ち割り動作によって生成される石器資料(主に剥片および石核)を「石器単位」とする。(中略)
「折る」という行為についても、「折る」ことによって生じる「折損(折損面)」(breakage)という現象(痕跡)を区別する必要がある。打ち割りによって生じた「石器単位」に対して、その「石器単位」が「折れる」ないしは「折る」ことによって分割された破片(fragment)を「石器要素」とする。」(五十嵐2002「旧石器資料関係論」『研究論集』第19号:35.一部改変)

提示された「MB」・「MC」・「MF」という接合個体類型は、同等の、すなわち同じレベルの類型といえるのだろうか?
折損面での接合(私の「2類接合」)に対応するのは、剝離面での接合(私の「1類接合」)だけなのではないか?
どうしても剝離面接合個体において、石核が含まれるか含まれないかを識別したいのならば、階層を一つ落とした区分、亜類型としなければならないのではないか?
そもそもなぜ、それほど石核が含まれるか含まれないかにこだわるのだろうか?
ここから、ぼんやりと「砂川神話」が透けて見えてくる。

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