幻の第3回特別委員会 [雑]
5月18日に質問状を公開して以来、今に至るまで応答がない。
与えられた僅かな情報から想定できる事態として、現時点では以下の3つの可能性が考えられる。
1.3月理事会議事録および4月理事会議事録の特別委員会の開催回数の誤記。
しかし学識経験者が十人以上も揃っていながら、このような単純なミスをミスミス、見逃すだろうか?
それも3月理事会だけではなく、4月理事会においてすら。
2.実際に第3回特別委員会は開催されたのだが、何らかの事情で理事会への報告がなされず、幻となった。
しかし流会なら流会との報告がされてしかるべきであり開催次数はカウントされるはずもなく、実際に開催されたのなら、どのような事情で理事会に報告されないのか理解不能である。
3.第3回特別委員会開催の理事会への単純な報告し忘れ。
しかし学識経験者が・・・(以下略)
いずれも、すぐには理解しがたい。
謎は、深まるばかりである。
そもそもの始まりは、以下の文章からだった。
緊急:公開質問状 [雑]
日本考古学協会さま
1.2011年9月理事会議事録の報告第125号「協会図書に係る特別委員会報告」にて、9月10日に第2回特別委員会が開催されたことが記されています。
2.2012年3月理事会議事録の報告第153号「協会図書に係る特別委員会報告」にて、3月17日に第4回特別委員会が開催されたことが記されています。
3.2012年4月理事会議事録の報告第161号「協会図書に係る特別委員会報告」にて、4月14日に第5回特別委員会が開催されたことが記されています。
質問:
第3回協会図書に係る特別委員会は、いつ開催されたのでしょうか?
そして、その報告が理事会でなされないのはなぜなのでしょうか?
そして、その議事録が公開されないのはなぜなのでしょうか?
総会開催も押し迫っております。
よろしくご返答お願いいたします。
第2考古学セミナー2012#1のお知らせ [セミナー]
日時: 2012年 5月 23日(水) 午後6時30分~
場所: 慶應義塾大学 三田キャンパス 研究室棟 地下1階 民族学考古学演習室(B124)
(研究室棟入口入ってすぐの階段下りて右側の通路右方向に進んだすぐ右手の部屋、奥のドアからお入り下さい。)
内容:2012年5月26日(日)日本考古学協会第78回総会セッション2遺跡資料リポジトリにおける発表「考古学における情報公開そして普及」の予行演習
[追記]
水山昭宏さんの予行発表「MLA+考古学連携」も行なわれることになりました。
第2考古学に関心のある方ならどなたでも、老若男女問わず大歓迎です。事前申し込み不要。
晋州シンポジウムに参加して、日本の国宝問題に想いを巡らす [拙文自評]
2012「晋州シンポジウム(韓日文化財交流大会)に参加して、日本の「国宝問題」に想いを巡らす」『韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議年報2012』No.1、韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議編:11-13.
「2010年6月にスタートした私どもの連絡会議のささやかな活動ですが、さらに内外にネットワークを広げながら、文化財の調査を進め、解決の道筋を一緒に考えていきたいと願っています」として、5月1日に創刊された『年報』に、当ブログに掲載した2つの記事、「韓日文化財交流大会」【2011-12-22】と「「国宝」という問題」【2012-01-05】を合わせて一部修正した文章が掲載された。
先日、新聞紙上において中国大陸における遺棄化学兵器による被害が報じられていた。
現在、内閣府大臣官房の所管で「遺棄化学兵器処理担当室」という組織が現地での発掘・回収作業を進めている。まさに、近現代考古学である(【2007-07-19】も参照のこと)。どのような部隊が、どのような指揮系統のもとでいつどのように遺棄したのか、詳細な「発掘調査報告書」が待たれる。
戦争という非常時に、隣国に攻め入った国が、自らにとって都合の悪い<もの>を現地に埋めてきて、それが今に至って地域住民に被害を及ぼしている。
それに対して、自らにとって、欲しい<もの>を力を背景にして奪ってきたのが、「略奪文化財」である。本来的には、遺棄化学兵器と同様に、内閣府大臣官房の所管で「略奪文化財返還担当室」といった組織が設立されて然るべきと考える。
勿論、一方は住民に対して直接肉体的な被害を与える緊急性を要する事業である。事態の収拾に責任を負う国家が主体となるのは、当然である。
しかし、もう一方についても直接的で肉体的な被害こそ与えないまでも、暗い収蔵庫から目に見えないそして人の尊厳を損なう倫理的な被害をもたらし続ける。
両者は、身勝手さの合わせ鏡のような存在である。
田村2012「ゴミ問題の発生」 [論文時評]
田村 隆 2012 「ゴミ問題の発生」 『物質文化』 第92号:1-37.
「後期旧石器時代の遺物集中範囲は、住居や石器製作の跡だとみなされている。この考え方(月見野仮説とよぶ)は1970年代頃にうまれ、発言力のある諸兄姉と、忠実な弟子たちによってまたたくまに津々浦々に流布された。ところが、これまで40年もの間、この仮説が十分に検証されたことは一度もなかった。こうした現状にかんがみ、世界各地域における狩猟・採集民の居住キャンプの状況を参照することにした。」(1.)
ということで
「その結果は否定的なものばかりであった。月見野仮説に妥当性をみいだすことはできなかった。したがって、この仮説を基盤とする議論の成立する余地はほとんどないようにみえる。」(1.)
ということになった。
J.トーマス2012『解釈考古学』 [全方位書評]
ジュリアン・トーマス(下垣 仁志・佐藤 啓介訳)2012 『解釈考古学 -先史社会の時間・文化・アイデンティティ-』 同成社(Julian Thomas 1996 TIME, CULTURE AND IDENTITY An interpretive archaeology, Routledge.)
「時間・文化・アイデンティティは、事実上あらゆる形式の考古学の記述に潜在する概念であるのに、考古学の内部でそれらの性質について真っ向からとりくまれることはほとんどなかった。これが、本書の核となる理論的議論である。そのため私たちには、年代決定法や編年はあるのに、時間とはなんであるのかについて、ほとんど問われることがないのである。私たちは、過去の「人間集団(ピープル)」や「地域集団(コミュニティ)」や「集団(グループ)」といった実体がどのようにあらわれ、認識されるようになったのかを深く考えることもなく、これらについて書き綴っている。なによりも私たちは、「物質文化」とよばれる何ものかを研究しているのだが、私たちはどうも、物質文化という語の背後にこめられがちな文化と自然の区分がわりと最近の発明だという認識に、問題を感じていないままのようである。」(i-ii.)
16年前の先端研究が、「日本考古学」では今でも先端どころか、受け止めることすらできないのではないかと危惧されてしまうところに、「彼我の懸隔」が埋め難く広がっていることを確認することになる。
韓国国立中央博物館における核安保首脳会議配偶者晩餐会 [総論]
2012年3月26・27日、ソウルで核安保首脳会議(2012 Seoul Nuclear Security Summit)が53ヶ国および4国際機関の首脳ないしは首脳級首席代表が出席して開催された。26日に国立中央博物館で開催された首脳・首脳級首席代表配偶者晩餐会に関する議論が新聞紙上で紹介されている。
「筆者は私たちの文化遺産が収蔵庫や密閉された場所に保存されているだけであることを絶対に望まない。むしろ積極的に活用して我が国の人々だけでなく、全世界の人々が韓国文化の特徴と東北アジア文化の多様性を享有することを願うばかりだ。ただし文化遺産の活用と享有は万人に平等に提供されなければならないという普遍的享有権(文化権)が土台にあるべきであり、身分や経済力によって享有権が制限を受けてはならないということだ。」(ファン・ビョンウ韓国文化遺産政策研究所長)
「世界50余ヶ国の首脳が参加した今回の国際会議は、外国の主要言論に韓国文化を紹介できる重要な機会だったために我が国歴史文化の代表的機関である国立中央博物館が積極的に立ち上がり今回の配偶者行事を行ったのだ。外国首脳配偶者の影響力を考慮する時、国内最高の文化機関としての主導的な役割が必要だった。」(イ・ウォンボク国立中央博物館学芸研究室長)
慧門2011『儀軌』 [全方位書評]
慧門(ヘムン)著(李 素玲 訳)2011 『儀軌 -取り戻した朝鮮の宝物-』 東国大学校出版部
「私が取り戻した文化財は単に陶磁器や絵画、書籍ではない。それは民族の精神、時代の念願がこもり、戻ってきた時、民族の精神を覚ますことのできる価値のこもった文化財であることだ。
おおくの人は、なぜ僧侶が文化財チェジャリ探し運動にそれほど熱心なのかと問う。
私が理解している仏教はないものを捜すのではなく、「失ったものを捜すこと」である。仏教的にいえば、何を失ったかも知らずに生きていくのが迷える衆生であるとすれば、失った真実を求めるのが修行者であり、求道者の生であるといえる。それを金剛経では「還至本処-チェジャリ捜し」といえる。チェジャリとは本来あるべき場所、存在がもとめる完全無欠の場所でもある。世に真実より強い力はないという。私はその言葉を信じる。
還至本処
全てはチェジャリに戻らねば。」(10.)
最新あるいは最古は決定できるか? [総論]
The relative age of any closed find, the position of its contents in the local culture sequence, must be that of the latest type-fossil or type-fossils it contains. Now a grave or hoard may contain type-fossils of differing relative ages. A hoard of florins, buried today, might comprise coins of all English sovereigns from Victoria to Elizabeth II. The latest type alone gives the date of the burial or the deposition of the hoard. Obviously our florins could not have been buried before the reign of Elizabeth II. On the contrary it is the oldest type associated with it that gives a relative date for the foundation of a building, used or occupied over several periods. For example the erection of a collective tomb must have been completed before the first interment was laid to rest in it and must be assigned to the period represented by the oldest dateable types found in the tomb; for these presumably are the surviving remains of the furniture accompanying that first burial. Similarly the excavation of the fosse defending a fort or castle must be dated by the oldest reliscs recovered from it. (V. GORDON CHILDE 1956 Piecing Together the Past. : 82.)
縄文研究の地平2012 [研究集会]
縄文研究の地平2012 -武蔵野・多摩地域の集落調査が問いかけたもの-
日時:2012年3月10日(土) 13:00~16:50
場所:東京都埋蔵文化財センター会議室
主旨説明 「縄文研究の地平2012 -集落調査の地平-」小林 謙一
基調講演 「1960・70年代の縄文集落研究」安孫子 昭二
研究発表1「集落研究の基礎になる単位時間 -住居の存続時間-」黒尾 和久
研究発表2「回顧と展望 -集団領域論とセツルメントパターン論-」中山 真治
研究発表3「縄文集落と景観考古学」山本 典幸
割り当てられた時間は僅か45分という最後の討論の場では、多摩ニュータウンNo.446遺跡のある3軒の住居跡のうちの2軒が同時に存在していたか否かについて、論じられた。
あくまでも同時併存を主張する基調講演者に対して、それは数ある可能性のうちの一つに過ぎないと住居と存続時期のクロス表を描いて述べる研究発表者。






