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セリエーション [総論]

セリエーションとは、何だろうか?
代表的には、以下のような説明がなされている。

「<学習目標&ポイント>
身辺の流行現象を見ればわかるように、モノは突如出現するわけでもないし、それ以前からあった同種のモノに直ちに置き代わるわけでもない。新しいモノは次第にあるいは急速に台頭し、それに合わせて、古いモノは次第に姿を消す。こうしたモノの変遷を視覚的・数量的に示す手法がセリエーションである。アメリカ考古学で開発されたこの手法を、具体例を挙げて解説し、日本における応用例から、その方法論的可能性を示す。」(上原 真人 2009 「セリエーションとは何か」『考古学 -その方法と現状-』放送大学教材:129.)

そしてペトリ―氏のSD法(Sequence Dating)、ディーツ氏のストンハム墓地墓標、坪井・横山両氏の山城木津惣墓墓標、鈴木氏の近世六道銭分析と型どおりの説明がなされている。
こうした説明に何か欠けているものがありはしないだろうか?

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長田2014「国立市緑川東遺跡を石棒から読む」を読む [論文時評]

長田 友也 2014 「国立市緑川東遺跡を石棒から読む」『緑川東遺跡 -第27地点-』:157-165.

はじめに今年の2月19日に行われた公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」自由討論の記録から。
「(山本 典幸)…今日の討論の最初に確認したい点があります。報告書の中で、長田さんが緑川東の事例を住居廃絶行為との関連から石棒の廃棄儀礼として解釈することに妥当性を見出しました(報告書p.159, 161, 164)。その一方で、彼は遺構内に石棒を並べて置く、ないし埋めておく(埋置)、そうした行為が石棒を日常的に安置する場であるのか、石棒を再利用するための一時保管場であるのか、遺構、石棒ともに廃棄されたものなのかなど、いずれも解釈が可能だと指摘しています。そして現状では限定的な意味づけは困難だと指摘されているわけです。」(『東京考古』第35号:4-5.)

自由討論における前半での発言である。発言者は自らの発言の前提として考古誌に掲載された当該論文について以上のように要約した訳だが、これではその論文がSV1を「廃棄儀礼として解釈」したのか、それとも「いずれも解釈が可能」としたのか、よく分からない。果たしてこのような要約が適切なのか、当該論文を改めて読んでみよう。

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緑川東の最終問題 [痕跡研究]

「五十嵐さんから、廃棄時説の根拠として、石棒の出土範囲に敷石が認められない、石棒は想定される床面下にめり込む状態である、大きめの土器片や破損した扁平礫が石棒上に存在した、石棒直下の土器片と覆土下部の土器片が接合した、という四つを挙げて頂いたのですが、私たちの理解としては、この四つをわけて考えているわけではなくて、基本的にこの四つの状況証拠を合わせるかたち、特に三点目ですけれども、状況証拠の合わせ技で一本、という立ち位置にあると思います。(中略)
一方で敷石の除去に関しては、遺物の出土状況からは確証が得られない。まあ、接合ですよね。一部の敷石に剥がされた石なんかが周辺からくっ付けば、かっこいいのですが、それはなかった。しかし、接合礫02・04・10・12などの床面レベルと壁ぎわ上部での接合が認められる点、遺物分布図(資料集p.20, 報告書第82図)に示しましたが、そういう接合事実が弱いけれども状況証拠としてある。さらには石棒上に投入されていた大形の接合礫09・53は、除去された敷石の可能性を有するのではないか、といった状況証拠もあります。」(黒尾 和久2017「自由討論記録」『東京考古』第35号:3.)

「かっこいい」とか「かっこわるい」といった問題ではないと思うが、それはさておき「特に三点目…」と強調された「石棒上の扁平礫」について考古誌の記載を見てみよう。

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「日本考古学」の国際化 [総論]

「日本考古学」にとって「国際化」とは、どのようなことなのだろうか?

「とするならば、英語圏の言語・考え方に歩み寄るという形だけを「国際化」と位置付けてしまうと、スペイン語圏のように「なぜ英語だけが国際基準になってしまうのか?」という不満につながる可能性があります。非英語圏の人間たちが「国際化」を考えるのと同時に、英語圏の人たちもやはり「国際化」を考えていくべきだと思います。(細谷)
中南米においても同様な話しがあると聞きます。さしたる理由もなく、私も英米を普遍的存在ないし世界の代表のように見なしがちでした。反省が必要ですね。(瀬口)
「欧米」対「日本」とつい考えてしまいがちですが、一口に「欧米」と言っても多様です。学問的指向としてはむしろ日本に近い国々も多いことに改めて気づきました。日本考古学の「国際化」を語るとき考慮すべき事実だと思います。(細谷)」(瀬口 眞司・細谷 葵・中村 大・渋谷 綾子2014「日本考古学の国際化 なぜ必要か?/何が必要か?」『考古学研究』60-4:8.)

「日本考古学の国際化」を語るときの文脈として、英語圏だけでなくスペイン語のような「非英語圏」の存在にも留意すべしという話しである。

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佐藤1989「植民地の「開発」は侵略の手段である」 [論文時評]

佐藤 正人1989「植民地の「開発」は侵略の手段である -”アジア侵略の理想とエネルギイの復権”を阻止するために-」『アジア問題研究所報』第4号:3-24.

「「いわゆる「王道楽土」は、欺瞞的なものであったと烙印をおされているが、そう簡単に見棄てられぬものがあったのではないか。結果として「満州国」は、中国側から言う「偽国」におわったが、その過程には、多くの理想とエネルギイが投入されたのだから、そのすべてを無益にしたくはない。当然、ある部分については復権を考えてみる必要がある」
「日本国民のかなりの部分が、植民地生活の体験をもっている。植民地でうまれた世代も成長している。彼らのそれ自体として自然な郷土喪失感(?)が、放置され、屈辱に押し込められている現状は、正常ではない」(「満州国研究の意義」、『週刊読書人』1963年10月21日号)。
中国東北部を侵略した日本人の「理想とエネルギイ」なるものの一部分を「復権」したいという恥知らずな妄言を、日本経済の高度成長が開始された時期にのべていたのは、当時「満州国研究会」という小グループ活動をやっていた竹内好という日本ナショナリストの一人である。」(3.)

良心的と信じ込んでいた知識人に対する幻想が吹き飛んだ瞬間である。
本論の論旨は、全て表題の一文に凝縮されている。
佐藤氏には、10年前のセミナーで発表していただいた。

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岡本2017「縄文の原則」 [論文時評]

岡本 孝之 2017 「縄文の原則」『郵政考古紀要』第67号(通巻76冊)、大阪・郵政考古学会:1-15.

「縄文を誤解する風潮はずっと続いている。九州有文土器文化や西日本無文土器文化を縄文視するなど、なんでもかんでも縄文とするのは、日本国の領土と一致させる以外に理由はない。地域性をキーワードとして違いを理解することは、前提としての日本国の領域があってその辻褄を合わせているだけのことである。弥生の東西の差異を地域性とする指摘も同じで、できるだけ広い領域を取りたいだけのことであり、真摯に縄文・弥生を考察したものではない。強調される多様性、地域性という指摘はことばの罠である。」(10.)

ということで、「縄文の原則」(2.)として以下の9ヶ条が示される。
1.縄文の理想 原始(縄文)は、民主、平等、共産の社会であること
2.古代の否定 原始(縄文)は、古代(弥生)に否定される
3.弥生への疑問 古代(弥生)以降の支配隷属関係(階級制)を疑うこと、文明を疑うことである
4.戦争の廃絶 戦争は文明であり、その廃絶は原始(縄文)の立場からしか達成できない
5.縄文の発見 近代考古学は、原始(縄文)を発見した
6.考古学の意義 考古学は原始、古代、近代の全歴史を総括できる唯一の科学である
7.近代は未完成 近代は、未完成であり、原始(縄文)像もまた、未完成である
8.近代の否定 未完成の近代は、原始(縄文)を受け入れず、誤解し、無視するだけでなく、考古学においては弥生に発展するとして縄文の理想を否定する
9.縄文の復権 原始(縄文)の世界観にたつこと

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ましこ2017『コロニアルな列島ニッポン』 [全方位書評]

ましこ ひでのり 2017 『コロニアルな列島ニッポン -オキナワ/オホーツク/オガサワラがてらしだす植民地主義-』三元社

いろいろな意味で、極めて重要な書籍である。そしてその緊急性もまた高いというべきであろう。

「本書の含意は単純明快です。「日本は戦後一貫して植民地であり、かつ植民地を全部放棄したわけではないという意味で、二重に植民地性をおびた空間だ」と。さらに、その基盤として、「日本」という実体(=時間上/空間上の連続体)が共同幻想にすぎず、たとえばヤマト王権の成立起源を確定するといった作業自体無意味という世界史的普遍性があると。当然、その内実(生活者/政治経済文化)はもとより、境界線自体が変動しつづけてきたわけで、いかなる実体視も科学をよそおっただけの本質主義=ガラパゴス的なイデオロギーにおちいるわけです。」(156-157.)

私から見れば、至極当然な真っ当な意見なのだが。
二重の意味でコロニアルな時空間において「ポストコロニアル」を唱える困難さを思い知る。

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タグ:植民地
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考古累重論(承前・解題) [総論]

1. 起点において既に問題の根幹が示されている。すなわち「一括性」に関わる文章において、遺物製作時間(同時代に作られた)と遺物廃棄時間(同時に埋められた)の違いが明瞭に示されている。

2. 「上下の位置関係が、時間的な前後関係に置き換えられる」という原理が述べられるが、繰り返される「残された」という用語から、この文章における「時間的な前後関係」とは、すなわち「遺物廃棄時間」の意であることも明らかである。

3. 1969年に土器型式には「製作の同時性」と「廃棄の同時性」という異なる時間認識があるとの提言がなされ(鈴木1969)、1973年に包含される遺物(≒型式)と包含する層(≒層位)の前後関係を区別すべきとの提言がなされ(林1973)、1970年代から80年代の「日本考古学」では、こうした認識が広く共有されていたことを窺うことができる文章である。

4. 型式は製作時間に、層位は廃棄時間に関わり「両者は全く異なる範疇に属する」ことが明確に述べられた点で、決定的に重要な意義を持つ文章である。このことは2000年に出版された『考古学の方法』という一般書籍でも述べられている(30頁)。

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考古累重論(過去・現在) [総論]

1. 「それのみでなく、吾々の研究に對する最も都合の好い「確實な」発見物でさへ、全體の品物が同時に埋められたものである事しか證明しない。全體の品物が同時代に作られたか否かに関しては、此等の発見物は何等の確証を與へないのである。」(モンテリウス 1932『考古學研究法』:16.)

2. 「考古学において、遺物・遺構および遺跡の時期を決定するための、もっとも基本的な、かつもっとも決定的な方法は、層位学的方法である。層位学的方法は、同一地点において、遺物・遺構および遺跡の垂直的な位置関係 -層位的関係- は、それらがその地点に残された時点以後に動かされていないかぎり、時間的な前後関係におきかえられるという原理にもとづいている。つまり、ある遺物・遺構あるいは遺跡がある地点に残され、それが人為的な、あるいは自然の堆積作用によって、”それらが残されたままの状態” -in situな状態- で埋没したのち、さらに、同じ地点に、ふたたび別の遺物・遺構あるいは遺跡が残された場合、前者、すなわち、下位にある遺物・遺構あるいは遺跡は、後者、すなわち、上位にある遺物・遺構あるいは遺跡よりも古い時点に残されたと判断することができるわけである。」(大井 晴男 1966『野外考古学』東京大学出版会:19.)

3. 「…注意しなくてはならないことは、人為的に形成された層の推移と、それに包含されている考古資料の推移は必ずしも一致しない、ということである。」(江坂 輝弥 1983「層位学的研究」『日本考古学小辞典』ニュー・サイエンス社:193.)

4. 「ここで注意しておかなくてはならないのは、型式学の場合には、属性の中で、モノが製作された時の属性により、年代観を決めるのに対し、層位学の場合には、属性の中で、モノが廃棄された時の属性によって年代観を決めることである。さらに言うと、層位学の場合には、モノが堆積した時の新旧関係を示しているに過ぎないということである。厳密に言えば、両者は全く異なる範疇に属す属性であり、型式学による新旧関係を層位学による新旧関係で検証することはできないことも考慮に入れる必要がある。通常のばあいには、製作から廃棄まで、そう長い時間的経過があったとは考えられないということで、製作と廃棄の間の時間的経過は捨象し、年代観をだしている。」(藤本 強 1985『考古学を考える』雄山閣、増補1994:87.)

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小杉2017「遺跡形成論と遺跡化分析」 [論文時評]

小杉 康 2017 「遺跡形成論と遺跡化分析 -縄文草創期後半における「相対的な定住性の高まり」仮説の再検証-」『理論考古学の実践 Ⅰ 理論編』安斎 正人 編、同成社:228-258.

まず簡単な経緯を記しておこう。
1986~88:日影山遺跡発掘調査 → 1989:同報告
1988:TNT No.200遺跡第1次調査 → 1989・1996:同報告
1994~96:TNT No.200遺跡第2・3次調査 → 2002:同報告
2006:及川「撚糸文期住居跡が崩れた」
2017:小杉「遺跡形成論と遺跡化分析」

2006年に10年前に自らが携わった<遺跡>調査の報告について自己批判を行なった及川2006では、およそ20年前になされた自組織の調査報告および近隣の調査事例として日影山の報告についても検討された。
その際に及川氏は、五十嵐1999「遺跡形成」(2004a「遺跡形成」)・2004b「考古記録」・2004c「痕跡連鎖構造」などを参考に「遺跡形成論」や「考古記録」について述べられていた。今回の小杉2017では、こうした点についてシファーの「行動考古学」や「文化的形成過程」に関する五十嵐の理解が、「正確ではない」(242.)あるいは「何が説明されたのかよくわからない」(244.)として、自らの「考古学的資料の形成過程」と題する挿図を提示されている。小杉氏には、私の至らない理解を正して頂いた点を謝すると共に、ご迷惑をお掛けした及川氏に対してお詫び申し上げたい。

そこで改めて確認したいのは、以下の2点についてである。
1.及川2006の日影山遺跡報告批判によって、小杉1989(「日影山遺跡における石器経営の解明に向けて」『真光寺・広袴遺跡群Ⅳ』:373-396.)は影響を受けるのか?
2.今回の小杉2017による及川2006批判によって、及川2006自体は影響を受けるのか?

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吉田、アートル編2017『考古学と現代社会』 [全方位書評]

吉田 泰幸、ジョン・アートル 編 2017 『文化資源学セミナー「考古学と現代社会」2013-2016』(Japanese Archaeological Dialogus)金沢大学 人間社会研究域付属 国際文化資源学研究センター(CCRS)

今年の総会@大正大学は、本書をゲットするのが大きな目的だった。何せ「タダ」だというのだから、内容は値段に相関しないという典型的な事例である。

序章 セミナーシリーズ「考古学と現代社会」は対話から生まれた(吉田 泰幸)
1.縄文住居復元と史跡公園
 1-1. 縄文時代の建物復元の方法と課題(高田 和徳)
 1-2. 考古学の多様性と縄文住居復元(ジョン・アートル)
 1-3. 対話:縄文住居復元と史跡公園
 1-4. 「縄文住居復元と史跡公園」をふりかえる(吉田 泰幸)
2.歴史復元画と考古学
 2-1. 縄文人はどのように描かれてきたのか(吉田 泰幸)
 2-2. 縄文人をどのように描いてきたのか(安芸 早穂子)
 2-3. なぜ「おしゃれ」な縄文人を描こうとしたのか(小山 修三)
 2-4. 対話:これから縄文人をどう描くのか
 2-5. 「歴史復元画と考古学」をふりかえる(吉田 泰幸)
3.現代「日本」考古学
 3-1. 現代日本の考古学、社会、アイデンティティ(溝口 孝司)
 3-2. 日本におけるパブリック・アーケオロジーを考える(岡村 勝行)
 3-3. 対話:現代「日本」考古学
 3-4. 「現代『日本』考古学」をふりかえる(吉田 泰幸)
4.多様性・持続可能性と考古学
 4-1. 食の多様性と文化の盛衰(羽生 淳子)
 4-2. ジェンダー教育と考古学(松本 直子)
 4-3. 対話:多様性・持続可能性と考古学
 4-4. 「多様性・持続可能性と考古学」をふりかえる(吉田 泰幸)
5.さよなら、まいぶん
 5-1. 文化遺産を機能化するNPOセクター(赤塚 次郎)
 5-2. もしドラッカーが日本の「まいぶん」の現状を眺めたら(岡安 光彦)
 5-3. 対話:さよなら、まいぶん
 5-4. 「さよなら、まいぶん」をふりかえる(吉田 泰幸)
6.ハイパー縄紋文化の難点
 6-1. 縄文と現代日本のイデオロギー(吉田 泰幸)
 6-2. 消費される縄紋文化(大塚 達朗)
 6-3. 対話:ハイパー縄紋文化の難点
 6-4. 「ハイパー縄紋文化の難点」をふりかえる(吉田 泰幸)
7.Reflections on Archaeology and Contemporary Society(ジョン・アートル)

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安蒜2017『日本旧石器時代の起源と系譜』 [全方位書評]

安蒜 政雄 2017 『日本旧石器時代の起源と系譜』雄山閣

「だとすれば、旧石器時代人が移動していたことを示す、はっきりとした証拠があるはずだ。そして、日本で開発された石器群の個体別資料分析法が、確かな移動の裏付けをとった。」
「このように、同じ原石から打ち割り打ち欠かれたものどうしは、必ず過不足なく元の状態に接合するという、同一原石の接合原則を利用して、遺跡から出土する全石器(石器群)を原石ごとに区分して観察する方法を、個体別資料分析法という。1974年に、著者が考案した石器の研究法である(安蒜1974)。」(120.)

「確かな移動の裏付けをとった」とされる「著者が考案した」「個体別資料分析法」の現在2017年の説明と定義だが、果たしてこれで十分と言えるだろうか。「個体別資料分析法」は単に「原石ごとに区分して観察する」だけの方法なのだろうか? 9年前には、著者自ら「個体別資料」の同時性について「確固とした方法論を欠いている」と述べていたのだが(安蒜2008「総評」『後期旧石器時代の成立と古環境復元』(比田井ほか編2008:204.)
それにしても「接合原則」とは、いったいどのような「原則」なのだろうか? 打ち欠かれたものは接合するという「原則」なのか? それとも異なる原石から打ち欠かれたものは接合しないという「原則」なのか?

「ところでブロックはイエの跡であった。したがって、環状ブロック群は、イエが円を描くようにして建ち並ぶムラの跡でもある。それを、環状のムラと呼ぶ(安蒜1990)。この環状のムラこそ、旧移住民が最初に構えた、日本列島最古のムラの姿であった。」(160.)

3年前に紹介した「イエとムラ」仮説の起源である。

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山本2017「マテリアリティとしての敷石とその場所が創る特異な景観」 [論文時評]

山本 典幸 2017 「マテリアリティとしての敷石とその場所が創る特異な景観 -縄文時代中期終末の石棒を残す敷石遺構-」『理論考古学の実践』Ⅱ 実践編、安斎 正人編、同成社:204-234.

「前稿の註8(山本典2016a:225-226)で、緑川東遺跡の敷石遺構SV1の機能や大型石棒のライフサイクルに関する問題提起に加えて、それらの分析経過と予測を述べた。少し長いが、一部の文章を入れ替えるとともに遺構名や遺物名、挿図の引用箇所などを補足した上で、以下に示す。」(206.)
として、旧稿の文章がほぼそのまま再録されている。その旧稿の文章については、五十嵐2016「緑川東問題」:17.にて、以下のように述べた。
「「まるで置かれていたかのような状態」とは、「置かれていたように見えるが、実は置かれていない」という理解を示している。「4本のほぼ未使用と推測された」という根拠も不明である。」(五十嵐2016:17.)

ところが、こうした事柄に関する応答は記されていない。というより五十嵐2016「緑川東問題」という論稿そのものに関する言及が一切なく、「引用・参考文献」にも挙げられていない。引用・参考に値しないとの判断なのだろう。同じような主題である前回紹介した中村2017と大きく異なる点である。

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中村2017「縄文時代中期末葉から後期初頭柄鏡形住居床面の石棒・土器・屋内土坑」 [論文時評]

中村 耕作 2017 「縄文時代中期末葉から後期初頭柄鏡形住居床面の石棒・土器・屋内土坑 -国立市緑川東遺跡SV1をめぐって-」『史峰』第45号、新進考古学同人会:1-18.

「その後、当該事例については多くの研究会や論文などで取り上げられたが、2016年になり、五十嵐彰(2016)が敷石構築時の石棒設置の可能性を提起した。つまり、a:一般的な敷石住居のb:廃絶後に、c:敷石が除去されて石棒がd:廃棄されたとする報告者の見解に対し、五十嵐は、b':当初から石棒をd':並置するa':特殊施設としてその部分にc':石を敷かずに構築されたという見方もできることを示した。この背景には、五十嵐が考古時間論、部材論(遺構/遺物論)など考古学的な思考方法を理論的に議論してきたことがある(五十嵐2011など)。」(1.)

問題提起に至る背景にまで言及して頂き、有り難いことである。

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タグ:緑川東問題
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「とてつもなくない」という評価について考える [雑]

「…五十嵐が示す根拠である「大形石棒の特殊性」については、長田が当日資料に記したようにあくまでも私達の主観的な考えにすぎず、それを考古学的事象、特に今回の発掘調査によって得られた情報によって証明することは難しい。「廃絶時設置」説の影に、五十嵐が言うとおり「石棒の廃絶時儀礼」という呪縛があるとすれば、五十嵐の側にも「大形石棒を「とてつもない」と感じる」ことが「あたりまえの感覚」(五十嵐2017)という呪縛があるように筆者には感じられた。」(合田 恵美子 2017「公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」」『東京の遺跡』第108号:1.)

言わば「呪縛返し」である。しかしどうも「筋」がずれているようである。
この「呪縛返し」の前提は、以下の文章である。
「あの4本の大形石棒が生み出されるにあたって膨大な時間と労力が費やされた、そこに当時の人びとの壮大な思いが込められていたという想定を否定する人はいないのではないか。」(五十嵐2017a「緑川東・廃棄時設置という隘路」『東京の遺跡』第107号:3.)
「とてつもない代物を「とてつもない」と感じる当たり前の感覚と、それを整合的につなげていく当たり前の論理が求められているのではないか。」(同:4.)

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五十嵐2017c「接合空間論」 [拙文自評]

五十嵐 2017c 「接合空間論 -<場>と<もの>の認識-」『理論考古学の実践』Ⅰ 理論編、安斎 正人 編、同成社:137-164.

「本稿では、接合という考古学的な空間事象が示す意味について考える。まず多様な接合様態について、水平方向の離散関係と垂直方向の重複関係に区分して、その全体像を確認する。次に石器および礫資料の実際の接合分布状況について、10m以上の長距離接合事例を中心に概観する。その際には特に「離散単独」という分布形態に着目する。さまざまな接合分布形態の内実を明らかにするために、異なる<場>から出土した2枚の剥片という最も単純な仮想例に製作と移動という基本モデルを組み合わせて実際の接合資料を説明する手立てとする。異なる場所から出土した資料が接合することによってもたらされる<場>と<もの>の相互関係が紡ぎだす豊かな語りについて考える。」(139.)

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公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」自由討論記録 [研究集会]

「公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」自由討論記録」『東京考古』第35号:1-20.(2017年5月

キーワードは2つ、「合わせ技」と「為にする議論」である。

「合わせ技」(3.)とは、「技あり」を2回取ったときに合わせて一本勝ちとなることをいう。すなわち「技なし」をいくら合わせても「一本」にはならない。問題は廃棄時説の4条件それぞれに「技あり」が認定されるかどうかである。更なる説明を求めたい。

「為にする議論」(10.)とは、「ある意図の下にあらかじめ結論を決めて、都合のいい論拠だけを挙げるような議論」(「はてなキーワード」より)である。どこかで聞いたような文言である。

「すなわちそれは何らかの考古事象の観察によって「敷石の除去」という判断がなされて、その結果として「廃棄時設置」という結論が導かれたのではなく、最初に「廃棄時設置」という結論があり、そのことを補強するために「敷石の除去」という説明が持ち出されたのではないか、という疑念である。」(五十嵐2017a「緑川東・廃棄時設置という隘路」『東京の遺跡』第107号:4.)

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タグ:緑川東問題
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緑川東問題の深層心理学(サイコアナリシス) [総論]

「そもそも緑川東問題が生じるに至った直接の契機は、「なぜ廃棄論者たちはあれほど「敷石の除去」にこだわっているのか」という素朴な疑問であった。」(五十嵐2017a「緑川東・廃棄時設置という隘路」『東京の遺跡』第107号:4.)

*なぜ、敷石除去にこだわるのか?
  なぜならば、一般住居の廃棄時設置だから。
*なぜ、一般住居の廃棄時設置なのか?
  なぜならば、石棒並置は石棒の使用形態ではないから。
*なぜ、石棒並置は石棒の使用形態ではないのか?
  なぜならば、石棒の使用形態は樹立だから。
*なぜ、石棒の使用形態は樹立なのか?
  なぜならば、石棒は男性器(男根)を模した<もの>だから。
*なぜ、男根を模した<もの>の使用形態は樹立なのか?
  なぜならば、男根の使用形態は樹立だから。

「石棒神話」すなわち樹立願望(マスキュリニズム)を明らかにしていかなければならない。
リビドーといったことも考えなければならないだろう。

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「返還考古学」という新しい枠組みへ [拙文自評]

五十嵐2017b「「返還考古学」という新しい枠組みへ -第8回世界考古学会議で考えたこと-」『韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議年報2017』第6号:9-13.

本稿は、2016828日から92日にかけて京都・同志社大学今出川キャンパスで開催された第8回世界考古学会議(WAC8)において文化財返還問題がどのように論じられたのかについて述べるものである。2016831日から921日にかけて発表した拙ブログの各記事(第2考古学)20161010日発行の『東京の遺跡』第106号(東京考古談話会)所収の「WAC-8が浮かび上がらせた世界の中の「日本考古学」」(106-34)と題する短文、2017128日に北海道大学アイヌ・先住民研究センターで開催された先住民考古学ワーキンググループ2016年度第1回ワークショップにおいて「返還問題から見る先住民考古学の位相 -返還考古学という視座-」と題して行なった口頭発表を基にしている。」(9.)

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緑川東の「必要」と「安易」 [考古誌批評]


2017年2月19日に開催された公開討論会における討論個所の記録化作業も進んでいるようである。
例年通りの発行ならば5月下旬には『東京考古』の最新号に掲載されるだろう。

「一方の敷石除去に関しては遺物出土状況からは確証が得られない。しかし、接合礫02・04・10・12などに床面レベルと壁ぎわ上部の接合が認められる点や(第82図)、のちに石棒上に投入される大形の接合礫09・53が除去された敷石の可能性を有する(図版7)といった状況証拠はある。また竪穴南西部に必要以上に積み上げ、あるいは敷石上に放置された礫の状態からも(図版7)、剝がされた敷石の行方を推測することができよう。」(黒尾・渋江2014「遺構における遺物の出土状況」『緑川東遺跡 -第27地点-』:131. 下線強調は引用者)

先の『公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」資料集』にも「敷石遺構SV1出土石棒の「並置」のタイミング」(3-4.)と題してわざわざ再録された文章である。いわば「廃棄時説」のカナメとも言えよう。

その中で気になるのは「必要」という言葉である。
この場合の「必要」とは、誰にとっての、どのような「必要」なのだろうか?
当然のことながらSV1を構築した当事者にとってどの程度壁面に礫を積み上げる「必要」があったかなどは、私たちに推し量る術もない。ということはあくまでも現代の私たちが、おそらく彼ら/彼女らにとってはこの程度は「必要」なのだろう、これ以上の高さに積めば「必要」以上なのだろうと推測した限りでの私たちの価値観を投影した「必要」なのであろう。

ところが、ここから次なる問題が生じる。
すなわち「廃棄時説」の根本は、通常の敷石住居(SI)を再利用して(中央部分の敷石と炉を除去して)大形石棒を設置して特殊な遺構(SV)にしたという「通常住居再利用説」なのだが、この場合の「通常の敷石住居」なるものを規定している要件こそが、正に「必要以上に積み上げない」という壁面敷石状況の「必要」性なのである。だから「必要以上に積み上げている」と考えたSV1という遺構は、「必要以上に積み上げない」「通常の敷石住居」ではないと自ら公言していることになりはしないか?

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