「考古学の方法論を見なおす」 [研究集会]
「考古学の方法論を見なおす -形式・境界・時代-」
考古学研究会東京例会・石器文化研究会合同シンポジウム
日時:2010年1月30日(土) 13:00-17:00
場所:明治大学駿河台キャンパス リバティタワー1階1011教室
<第1部 現代史と研究史の間>
西井 幸雄「現代史と研究史のはざま -「日本旧石器時代」をめぐる相克-」
藤沢 敦「確信としての日本考古学 -その枠組みを支えるもの 蝦夷論を手がかりに-」
<第2部 編年・時期区分の視点と方法>
野口 淳「ナイフ形石器・ナイフ形石器文化の編年 -視点・方法とその背景-」
小林 謙一「縄紋土器細別時期設定と縄文集落フェイズ設定」
鈴木(徳)2008「型式学的方法」 [論文時評]
鈴木 徳雄 2008 「型式学的方法③」『縄文時代の考古学2 歴史のものさし -縄文時代研究の編年体系-』同成社:72-85.
ある事情から「型式」周辺の文章を読んでいるのだが、そうした過程で出会った一本。
「このような博物学からの系譜をもつ「型式学」的方法は、今日の考古学を歴史学の一分科としてとらえる潮流のなかでは必ずしも清算されたものではなく、今日の考古学研究上においても、「考古学をどのように考えるか」という考古学の問題構制の根本的な問題であるといってよい。今日の考古学研究法、わけても「型式学」的研究を再確認し推進するためには、このような方法的な基盤を吟味し、眼前にある所与の考古学からではなく、「学」としての問題構制の根本から再考しなければならないことは再確認しておくべき点である。」(73.)
発掘論 [総論]
お昼休みが終わって現場に出てみると、あのベテラン作業員の方が何やら慌しく住居跡の壁をペタペタしている。
「え? どうしたの?」
「いや~、ちょっと・・・」
実際の発掘現場は、こんなことの連続である。
逆に掘り過ぎを警戒する余り、一向に壁が出てこないという場合も。
平面的に重層する層序を掘り進む場合に、的確な解(マイナス遺構の場合には壁とか床)を得るには垂直方向にベルトを設定するか、思い切って掘り込み層を断ち割るサブ・トレンチを入れて確認するしかない。原理的には目的とする層界面に至る手前にそれまでと異なる薄い層が介在した場合、そこで止めるか、先に進むかは、状況的な判断に委ねるしか手はない。そして仮に進んだとして、それが掘り過ぎであったとしても、よほどのことがない限り、すなわちよほど大きく掘り過ぎない限り他者がそのことを明瞭に判別することは、困難である。
これが、日々の現場で繰り返されている「壁出しの不条理」である。
松木2009『進化考古学の大冒険』 [全方位書評]
松木 武彦 2009 『進化考古学の大冒険』 新潮選書
巷で評判の新刊書である。
「歴史科学の祖・マルクスと、進化科学の祖・ダーウィン。二人の偉大な一九世紀人が生み出した巨大な知の流れを、二一世紀の考古学で合流させることによって、史的唯物論を極め、科学としての歴史学の道を広げていく。この、私の二十数年来の夢を実現に近づける第一歩が本書である。」(253.)
確かに気宇壮大、書名に「大」なる一字が付される所以である。
山2009「遺跡化の論理」 [論文時評]
山 泰幸 2009 「遺跡化の論理 -歴史のリアリティをめぐって-」『文化遺産と現代』同成社:77-107.
驚いた。違った方向から同じような場所に到達している人がいるのを知って。
しかし「同じような場所」であり「同じ場所」ではないことも、一読すぐ分かる。
「本稿では、歴史がリアルな存在として姿を現すための、その身体を借りる場所やモノを「遺跡」とよぶことにしたい。その理由は、遺跡が、石器や土器など、それが出土した場所から独立してモノとして単体で存在し得る遺物と、住居跡や古墳などそれが存在している場所と切り離すことがむずかしい遺構とに分けられ、その総称とされているからである。つまり、遺跡はモノ性と場所性から構成される概念ということができる。しかし、通常は、場所性に重点が置かれている。そのため、しばしば遺物遺跡と並称される。現在、日常的に使用されている遺跡という言葉は、この考古学的遺跡(Archaeological site)の意で用いられているが、本稿では、考古学的な遺跡に限らず、広く、歴史が宿る場所やモノを「遺跡」という言葉で把握することにしたい。そして、歴史が遺跡に宿ることを「遺跡化」とよぶことにしたい。」(78.)
「歴史が宿る場所やモノ」の「歴史」とはどのような「歴史」なのか(先史中心なのか、それとも近現代を含むのか)、すなわち「宿る」とはどのような「宿り方」なのかが問われているわけである。
Even-numbered Year [雑]
偶数年というのが、何となく好きである。
ワールドカップ・イヤーということもある。
「世界には数多くの9・11がある。
アメリカは自分の9・11だけを悲しむのではなく、
世界の数多くの9・11をも悲しまなければならない。」(アリエル・ドルフマン)
同じようなことは、アメリカだけではなく日本にも言いうるだろう。
ヒロシマだけでなく、拉致被害者だけでなく、「日本考古学」だけでなく・・・
個人でできることは、限られている。
一人が述べ伝えることにも、限りがある。
ある社会を形成している多数が組織的に行動しなければ、状況は変わらないということもある。
2009c『木簡研究』 [拙文自評]
五十嵐 2009c 「東京・港区愛宕下遺跡(港区No.149遺跡)」『木簡研究』第31号、木簡学会:65-71.
苦手とする領域は多々あれど、なかでも占いや呪いといった類はその最たるものである。ところがそうした場合に限って遭遇するというのは、世の常である。
やたらと四角い奇妙な土抗の底から、何やら墨で書かれた木の札とかわらけがまとまって出てきたのは、今から5年前のことである。梵字や八卦のほか「鬼・鬼・鬼」など何やら恐ろしい呪句が記されている。早速出土地点から至近距離にあった真言宗智山派別院真福寺内の真言密教を研究している組織「智山伝法院」というところに出土した呪符木簡を持参して、記されている梵字の意味などをご教示いただいた。その後、修験道や密教を研究されている方々にも記されている意味などを伺うべく問い合わせの手紙などを差し上げたのだが、一向に呪句の意味あるいは儀礼の実態を明らかにすることができなかった。それでも何とか報告を上梓し、やれやれと安堵していた時に、「木簡学会」というところから『木簡研究』という雑誌に「愛宕下」出土文字資料の釈文と概要を記すようにとの依頼が回って来た。
佐藤(啓)2009「物質と時間」 [論文時評]
佐藤啓介 2009 「物質と時間 -痕跡としての物質性-」『美術フォーラム21』第20号(特集:物質性/マテリアリティの可能性) :122-126.
「第6回準備会報告」【009-11-12】末尾にて告知した論文、鈴木公雄、黒尾和久両氏に続き3度目のダブルである。
「以下では、この「物質が時とともに変化する」という性質を、「物質がもつ時間性」として理解した上で、この世界を痕跡と物質として捉えることで立ち現れてくるイメージを提示してみたい。それが、作品、とりわけ造形作品を構成する物質性を考える上でも、一つの示唆となることを期待したい。そして、こうした考察を推し進める上での視点として採用したいのが、「考古学」という分野 ―正しくは、その分野に働く構想力― である。というのも、物質の経年変化に鋭敏な学問の一つが、考古学だからである。」(122.)
柴田1928「史蹟と考古学」 [論文時評]
柴田常惠 1928 「史蹟と考古学」『考古学講座』第5巻:1-34. 国史講習会 雄山閣
「最近数年来、史蹟と云ふ言葉が専門家の間のみならず、広く世間に使用せられ、新聞や雑誌の上にも屡々此文字を見受くる様に為つた。従つて史蹟とは如何なるものかと云ふことは、世人にも疾く了解せられ居る筈で、今更に史蹟とは何ぞやと云ふ様なことを説明する必要なしと思はるゝが、一歩進んで史蹟の性質、範囲、種類の如きより、之れが調査の方法とか保存の計画などゝ云ふ様なことに為れば、専門家は兎に角として一般の間には左までに深く考慮されて居ない様である。」(1.)
読み進めるうちに、どうやらここで述べられている「史蹟」は、現在の「史跡」すなわち文化財保護法第109条第1項で規定されている内容とはやや異なることに気付く。
シンポジウム:遺跡資料リポジトリ [研究集会]
「シンポジウム:遺跡資料リポジトリ -遺跡調査報告書の電子化と利用促進のために-」
日時:2009年11月27日(金) 13:00-17:30
場所:大阪大学付属図書館 総合図書館ホール
主催:国立情報学研究所CSI委託事業(領域2)遺跡資料リポジトリ・プロジェクトWG
共催:デジタルリポジトリ連合(Digital Repository Federation:DRF)
「趣旨 国内で発行される遺跡調査報告書は、考古学・歴史学分野におけるきわめて重要な基本資料であるが、発行部数も限られており、教育・研究や学術調査活動のために十分に利用できる体制にあるとは言いがたい。遺跡資料リポジトリプロジェクトはこれらの報告書全文を電子化しWeb上で公開することを目標とするもので、「報告書抄録」の項目をリポジトリ仕様(OAI-PMH)のメタデータに使用し、これに電子版の報告書をリンクさせることで、多様で柔軟性をもつ汎用的な提供の仕組みを構築する。
本シンポジウムでは、様々なステークホルダーからの講演や事例報告等に基づき、冊子体と電子メディアが相互補完的に機能し、貴重な文化遺産及び文化財に関する情報がWebを通じて広く公開・提供され、教育・研究・調査活動や一般社会で広く利用される環境構築について考える。」(「シンポジウム:遺跡資料リポジトリ -遺跡調査報告書の電子化と利用促進のために-」予稿集より)






