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2018『武蔵台遺跡・武蔵国分寺跡関連遺跡』 [考古誌批評]

東京都埋蔵文化財センター 2018 『府中市 武蔵台遺跡・武蔵国分寺跡関連遺跡 -都立府中療育センター改築工事に伴う埋蔵文化財発掘調査-』東京都埋蔵文化財センター調査報告 第334集(第1分冊 旧石器時代編・第2分冊 縄文時代以降編)

待望の考古誌である。
ここでは、第1分冊の「第4図 武蔵台遺跡・武蔵国分寺跡関連遺跡における調査地点」(20頁)という挿図を読み解くことを課題とする。

#1「本調査区」以外に以下の8種類の調査区が各種のスクリーントーンで表示されている。
#2「薄いトーン」武蔵国分寺跡関連遺跡(府中市教育委員会)
#3「薄いトーンに密な〇」武蔵国分寺跡関連遺跡(府中市遺跡調査会)
#4「薄いトーンに疎な〇」武蔵台遺跡(都立府中病院内遺跡調査会)
#5「やや濃いトーン」武蔵台東遺跡(都営川越道住宅遺跡調査会)
#6「濃いトーン」武蔵国分寺跡関連遺跡・武蔵台遺跡(東京都埋蔵文化財センター)
#7「濃いトーンに左下がり斜線」武蔵台遺跡(東京都埋蔵文化財センター)
#8「薄いトーンに右下がり斜線」武蔵国分寺跡関連遺跡(東京都埋蔵文化財センター)
#9「濃いトーンに幅のある横線」武蔵国分寺跡関連遺跡(武蔵台西地区)(東京都埋蔵文化財センター)

すなわち、5つの調査組織(府中市教育委員会・府中市遺跡調査会・都立府中病院内遺跡調査会・都営川越道住宅遺跡調査会・東京都埋蔵文化財センター)による4つの(あるいは5つの)<遺跡>(武蔵国分寺跡関連・武蔵台・武蔵台東・武蔵国分寺跡関連 武蔵台・武蔵国分寺跡関連(武蔵台西))の調査履歴が示されている。こうした複雑な関係が1枚の挿図に圧縮して表示されているが、その相互の関係を理解するのは容易ではない。そもそも9種類の微妙なトーンの差異を識別していく作業自体が難行である。

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早乙女・設楽2018『新訂 考古学』 [全方位書評]

早乙女 雅博・設楽 博己編 2018 『新訂 考古学』放送大学教材 1554921-1-1811(テレビ)、放送大学教育振興会

放送大学の2018年度開講科目「考古学」の印刷教材である。2009年度開講科目教材の泉 拓良・上原 真人編2009『考古学 -その方法と現状-』と読み比べると、この間の「日本考古学」の「方法と現状」認識の推移が伺えて興味深い。以下、左に2018年の新『考古学』、右に2009年の旧『考古学』の章立てを対比して示す。

2018『新訂 考古学』                2009『考古学 -その方法と現状-』
1. 考古学とは何か(早乙女 雅博)            1. 考古学とは何か(泉 拓良)
2. 野外調査の方法と実際(西秋 良宏)          2. 発掘調査の歴史と実際(泉 拓良)
3. 年代決定論① -相対年代と編年-(設楽 博己)         3. 考古学があつかう年代(上原 真人)
4. 年代決定論② -絶対年代-(藤尾 慎一郎)           4. 年代の理化学的測定法(清水 芳裕)
5. 考古資料による空間分析(設楽 博己)         5. 層位学と年代(阿子島 香)
6. 自然科学とのかかわり(佐藤 宏之)          6. 型式学と年代(岡村 秀典)
7. 狩猟採集民の生活技術(佐藤 宏之)          7. セリエーションとは何か(上原 真人)
8. 農耕民の生活技術(藤尾 慎一郎)           8. 遺物の機能をさぐる(上原 真人)
9. 集落に暮らす人々(早乙女 雅博)           9. 使用痕分析と実験考古学(阿子島 香)
10. 精神文化(設楽 博己)               10. 民具と考古学(上原 真人)
11. 日本の考古学① -旧石器・縄文・弥生時代-(設楽 博己)11. 考古学と分布(泉 拓良)
12. 日本の考古学② -古墳時代-(早乙女 雅博)       12. 産地同定と流通(清水 芳裕)
13. 世界の考古学① -朝鮮半島-(早乙女 雅博)       13. 東アジア古代の青銅器分布(岡村 秀典)
14. 世界の考古学② -西アジア-(西秋 良宏)        14. 遺跡内での遺物分布(阿子島 香)
15. 考古学と文化財の保護(早乙女 雅博・設楽 博己)  15. 考古学の多様性(泉・阿子島・溝口・岡村・上原

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古谷ほか編2017『「物質性」の人類学』 [全方位書評]

古谷 嘉章・関 雄二・佐々木 重洋(編) 2017 『「物質性」の人類学 -世界は物質の流れの中にある-』同成社

前々回「奥野・石倉2018」【2018-03-17】、前回「インゴルド2017」【2018-03-31】といった世界の人類学の潮流(人類学の静かな革命すなわち存在論の人類学)に対する日本の人類学(考古学を含む)からの応答である。
2011~15年に国立民族学博物館でなされた「物質性の人類学 -物性・感覚性・存在論を焦点として-」と題する共同研究の成果報告である。考古学からは【物性の問題系】と題するセクションにおさめられた関 雄二「アンデスの神殿に刻まれた人間とモノの関係」、 溝口 孝司「モノの考古学的研究」、松本 直子「縄文土器と世界観」の3本である。

まずは主催者から考古学への呼びかけ。
「考古学は、人類学と違って生身の人間を直接に観察することができない。なかでも文献資料を活用することができない先史考古学の対象は、モノと物質以外にない。物質からなるモノを通して、かつて生きていた過去の人間たちの営みを回復することこそが、考古学の目的なのである。それゆえ必然的に、「物質性」は考古学研究の中心に位置する。しかし、考古学の最先端の議論を追いかけ始めてみると、外から見ていたときに思っていたほど話は単純ではないことがわかってきた。モノの物質性そのものは、実は考古学においても不当に等閑視されてきたという批判が、考古学者によってなされていたのである。(中略)
エジプトの新王国時代を専門とする考古学者であるメスケルによれば、「物質性とは、世界への私たちの物理的関与であり、世界という織物へと私たちを差し入れる媒体であり、外に具体化するかたちで文化を私たちが構成し、形成するしかたである」(Meskell 2004, p.11)。この定義は、「物質性」について考える際に注目すべき、三つの側面に言及している。第一に、私たちは世界に物理的に関わって生きているという「物質的関与」であり、第二に、物理的なモノである身体を介して私たち人間は世界に関与するという「物質的身体としての人間」であり、第三に、私たちは文化を自らの内側だけでなく自らの外側に作り上げるという「物質化」である。一言で言えば、人間が物質たる身体を介して物質からなる世界を体験しつつ、そこに働きかけて物質からなるモノを産み出しているというプロセスこそが、本書でじっくり考察してみようと考えている問題に他ならない。」(古谷 嘉章「プロローグ 物質性を人類学する」:7-9.)

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インゴルド2017『メイキング』 [全方位書評]

ティム・インゴルド(金子 遊・水野 友美子・小林 耕二 訳)2017『メイキング -人類学・考古学・芸術・建築-』左右社(Tim INGORD 2013 MAKING: Archaeology, Anthroplogy, Art and Architecture.)

「アート、建築、人類学という三つのAに、四つ目のAである考古学が加わったのは、マンチェスターからアバディーンに移り住んだ時期のことだった。そこには幾分か、考古学と人類学の境界上を長いあいだ彷徨ってきた、わたし自身の関心が反映されている。そこに考古学が入らなければ、アートと建築と人類学をめぐる関係の議論が完成することはないと確信したのだ。人類学と考古学の両者は、時間と風景のテーマを統合する(Ingold 1990)。人類学と考古学は、人間生活における物質的な形式や象徴的な形式への関心を共有するなかで、互いにずっと良好な関係だったわけではないのに、長いあいだ姉妹のような分野だと考えられてきた。その上、考古学の歴史とアートや建築の歴史には、明確な類似性がある。それは、人工物や古代の建築物へむける共通の関心だ。」(35.)

ティム・インゴルド氏は、プルーセル&ムロゾフスキー編2010『現代考古学の理論』と題する読本の筆頭に「景観の時間性」(1993)が収録されている理論考古学の文字通り第一人者である。

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奥野・石倉 編 2018『Lexicon 現代人類学』 [全方位書評]

奥野 克巳・石倉 敏明(編)2018『Lexicon 現代人類学』以文社

Lexicon(レキシコン)とは、語彙目録・用語辞典といった意である。「01. 再帰人類学」から「50. ホモ・サピエンス」までの50項目について27人の執筆者によって解説されている。執筆者の内訳は、1950年代生まれ1人、60年代9人、70年代8人、80年代6人(不明3人)と若手中心である。2018年の最新の研究状況が伺われる。
全体を通しての最多頻出被引用者は、圧倒的にエドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロである。

「1980年代から90年代にかけて、人類学者は、フィールドワークと民族誌の記述という人類学の学問的営為それ自体を俎上に載せて検討することに向かい、客観主義との関係で、現地調査のあり方や文化の記述の問題点を主題化した。人類学の「ポストモダン」である。その流れを汲んで、やがて、「ポストコロニアル」の時代には、人類学の政治性を暴き立てる方向へとしだいに歩みを進めていった。このように、人類学が内向きに猛省をつづけた時代のことを、今日、「再帰人類学」の時代と呼ぶ。(中略)
…再帰人類学の時代は、ゆるやかに「人類学の静かな革命」と呼ばれる今日の潮流につながっている。それは、アミリア・ヘナレ、マーティン・ホルブラードとサリ・ワステルによれば、再帰人類学を耐え忍んで、じっくりと熟成したひとつの潮流である。ブルーノ・ラトゥール、アルフレッド・ジェル、マリリン・ストラザーン、エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ、ロイ・ワグナーらがその流れをつくっているとされる。」(奥野 克巳「01. 再帰人類学」:12-13.)

「自己への回帰性」にこだわる人類学が「再帰人類学」で、現代人類学は既にそうした状況を通り抜けているという。「単に掘り出された過去を撫で回すだけでなく、撫で回す私たちの在り方、撫で回し方をこそ考えなければならない」という第2考古学とは正に「再帰考古学」である。とすると、こちら(日本考古学)はあちら(現代人類学)に比べて1周半どころか、2周半遅れている状態となろうか。

本書の編者の一人が『現代思想』に掲載した「「存在論の人類学」をめぐる相関図」(石倉 敏明2016「今日の人類学地図 -レヴィ=ストロースから「存在論の人類学」まで-」『現代思想』第44巻 第5号:311-323.)が、考古学を取り巻く現状を俯瞰するのに便利である。

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斉藤(小野)2015『斉藤優遺稿集』 [全方位書評]

斉藤 優(小野 智子 翻刻・注解・編著・発行) 2015 『斉藤優遺稿集:渤海半拉城址発掘史にみる近現代東アジアの軍事と文化』

「筆者は、元来渤海国の仏教文化に関心をもち、特に斉藤が半拉城址で発見した二仏並座像の分析を中心に研究していた。しかし、これら二仏並座像は、いついかなる経緯で発掘され、総じて何体発見され、現在それらはどこに所蔵されているのかが明らかになっておらず、筆者はそのような現状に疑問を抱き、これらの解明に関心を寄せてきた。何故なら、渤海の遺跡の場合、発掘行為自体が大変な政治的事業であり、出土遺物をどこの研究機関で所蔵するかという問題は、時々の政治的動向に左右され続けてきたため、これらの史実を明らかにすることは、渤海史のみならず、近代日本と東アジアの政治的背景を明らかにすることに繋がる重要課題だからである。故に筆者は、渤海の半拉城址の発掘調査史とそこから出土した二仏並座像をはじめとする仏教関係遺物の所管経緯を解明することを始めた。」(はじめに:1.)

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斉藤1978『半拉城と他の史蹟』 [考古誌批評]

斉藤 優 1978『半拉城と他の史蹟』半拉城史刊行会

「…戦死された渡辺部隊長以下の戦友、満州側各位の冥福を祈り、他面に健在戦友の健康を祝福し、私の記念のためにも充分ではないが、半拉城と他の史蹟の名のもとに、一度は印刷されたものであるが、追想等をまぜて取り纏めたものである。」(自序:1977年5月5日)

筆者の斉藤 優氏は、三宅1944で「斉藤甚兵衛軍曹」、三宅・鈴木1977で「S軍曹」とされた方である。
「実は九才で父が亡くなったので襲名したが、小学校の先生が旧式に改ためるのは可哀相だと父のつけて呉れた名を今も通称としており、家の付き合いには家名をつかっていると説明した。」(137.)
「通称」が優、「家名(戸籍名)」が甚平衛である。

「満洲事変以来、大東亜戦の終戦までに応召した人は一千万を遥かに越えていると思う。それらの中には色々の人がいたことから、軍務の外に戦地又は外地で種々の分野の調査研究をした人も少くないに違いない。しかし、それを報告書その他に出版した人となると、作家などは別として余り多くはあるまい。私は一介の野人に過ぎないが、所謂若い村の考古学徒として、渤海伝には日本道として見えている五京の一、東京龍原府址の半拉城を発掘調査し報告書を刊行した。その生涯は幼少にして両親に死別し、たった一人の祖母にも死なれ、孤独になった上に入営、再三の応召と不幸であったと云う外はないが、この点だけは、ほんとうに幸だったと自ら慰めている。」(自序)

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藤森1969「日本考古学への断想」 [論文時評]

藤森 栄一 1969 「日本考古学への断想」『中央公論』第987号(第84巻 第11号)1969年11月1日発行:264-276.

「玩物趣味から生きた人間生活の復原探求へ 日本考古学と共に歩んだ学究の回顧と反省」と記された半世紀前の文章である。以前に紹介した『心の灯』は、本論の2年後に出版された。

冒頭の小見出しは、「資料のつぶて」である。
本文が記された時代背景を知らないと、何のことか皆目見当がつかないだろう。

「この正月の夢を破った東大紛争の頂点、安田砦の攻防戦で、なによりも私をおどろかせたのは、文学部考古学教室の、明治以来たくさんの考古学者が命をかけて世界の各地から将来した考古学資料が礫に割られて投石の弾になったという、ごく一握りの学生たちのハプニングであった。
追いつめられれば、むろん人間はダイヤでも金貨でも投げるだろう。(中略)
わたしにとって、それはそれはあまりに強いショッキングな事実であった。大学というところへは、とうとう縁がむすべず、それでもなお、地方の混沌たる生活の中に浮きしずみしながら学問を恋いつづけ、大学をしたいとおしてきた、私という一人の研究者にとっては、呆然と旬日を送ってしまうほどの凄いパンチだったといえる。」(264.)

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三宅・鈴木1977「関東軍は満州で何を発掘したか」 [学史]

三宅 俊成・鈴木 武樹 1977 「「満州」における戦前史学の実態」『日本古代史の展開 鈴木武樹対談集成甲書房 東アジア叢書2:241-283.(2000「関東軍は満州で何を発掘したか」『激論! 日本古代史』:241-283.と改題して再刊)

刺激的な表題の対談記録である。
同じ頃、同じような地域で活躍された同姓の方がいて紛らわしい。
満洲国立博物館奉天館長をされた三宅 宗悦氏は、角田 文衛編1994『考古学京都学派』:169-172.に紹介文がある。
こちらは、満洲国古蹟古物名勝天然記念物保存協会主事をされた三宅 俊成氏である。

「いちばん困ったのは軍部の連中が盗掘をやったことですね。たとえば、牡丹江省東京城の近くの軍司令部の将校が東京城の盗掘をして、遺物をこっそり日本に持って帰ったりするんですね。特に林東地区の満州国軍の日本人司令官は遼代の墓を発掘させて、ひそかに遼の陶器を集めていました。部下の兵士も上官の意を迎えるために盗掘をしていましたね。当時でも遼の陶器は骨董的価値が高かったから、それに目をつけてやったのでしょう。その報告を受けて抗議に行き激論したこともあります。

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2.4「北方領土の日」反対!アイヌ民族連帯!関東集会 [研究集会]

2.4「北方領土の日」反対! アイヌ民族連帯!関東集会 -強奪した遺骨の返還を! アイヌ民族の主権を獲得しよう-

日時:2018年 2月 4日(日)13時30分~16時
会場:渋谷区地域交流センター新橋(渋谷区恵比寿1-27-10)
主催:「北方領土の日」反対!「アイヌ新法」実現!全国実行委員会(ピリカ全国実)・関東グループ
協賛:東大のアイヌ民族遺骨を返還させる会

テエタ カネ トノ イレンカ シサム イレンカ アニ ニカプ ペナ タ アネサル コタン オロワ ヌプキペツ コタン トオプ ペナ タ アン トイマ コタン ニタッナイ オッタ アトプテ ロク ウタラ シリキラプ オルシペ アン ルウェ ネ ワ コエドレンノ テエタ エカシ フチ ウタラ ドシリヒ オウリ ワ ライケウェヘ ポネヘ ネ ヤッカ エイッカ ワ パイェ タン オルシペ イヌレ ルスイ クス ケク ルウェ タパン ナ

その昔 役人の命令 和人の命令で 新冠の川の上流の 姉去村から 貫気別の村の ずっと上流にある 遠い村 ニタッナイ(旭)に 移された人たちが 苦労した話が あり それだけでなく 昔のエカシたち フチたちの 墓を掘り出して なきがら 骨であっても 盗んでいった この話を 皆さんに聞いてもらいたいので 私は来たのです

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先住民族文化とミュージアム(博物館等) [研究集会]

国際ワークショップ(シシリムカ文化大学特別講座)「先住民族文化とミュージアム(博物館等)」

日時:2018年1月28日(日) 午後1時~5時
場所:北海道平取町二風谷 沙流川歴史館 レクチャーホール
主共催:平取町、平取町教育委員会、平取町アイヌ文化振興推進協議会、平取アイヌ協会、北海道大学アイヌ・先住民研究センター、シシリムカ文化大学

報告1:先住民族文化の再構築と博物館 -オーストラリア国立博物館の事例から-(マイケル・ピカリング; オーストラリア国立博物館)
報告2:オーストラリアにおける遺骨返還と連邦政府の関与(ロバート・グリーン; 在札幌オーストラリア領事館)
報告3:「返還」における来歴調査の方法 -エディンバラ大学の事例から-(クレシーダ・フォルデ; オーストラリア国立大学)

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90年前の「緑川東問題」 [学史]

「考古學の研究法に、心理學的方法を避け様としてゐると云ふ事は、一應説明されなければならない。厳密な意味に於ける心理學が、今日如何なるものであるかは私には明かではない、然し従来考古學に許容されてゐた、所謂心理學的方法とは、それは観察者の推理を意味してゐた。この器物はこうして使用されたのであらう、石棒の形は生殖器に似てゐるから、當時男根崇拝が行はれたであらう。動物土偶があるからアニミズムがあつたであらう、等々である。その専門の人からはこれはどう見えるか知らない、然し考古學本来の立場からは、こゝまで行けばたゞ自分はこう思ふと云ふだけの問題に留つてゐる、斯の如き内容が學として存し得るかどうか。何れにしても學は究極に於て主観的な問題となる、然し自分はこう考へるから當時の人もこう考へたであらうでは、そこに何等反省の餘地を残さない問題となる、心理學まで入りたくない。これは私の好みの問題だと考へられるか知れないが、自分には自分だけの理由は存する心算である。」(中谷 治宇二郎1929『日本石器時代提要』岡書院:73-74. 1943『校訂 日本石器時代提要』養徳社:64.)

タグ:緑川東問題
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中西2017「立川陸軍航空廠五日市分廠倉庫の発見」 [近現代考古学]

中西 充 2017 「立川陸軍航空廠五日市分廠倉庫の発見 -あきる野市水草木遺跡の調査成果より-」『多摩地域史研究会会報』第128号:6-15.

「今回発表する戦争遺跡の存在を知ったのは、調査に入ってからのことであり、それ以前は全くその存在について意識していなかった。
調査区周辺は長閑な畑地が広がり、かつてこの場所に多数の倉庫が林立した面影は、今は微塵も感じられない。
今回の調査地点は15年戦争終結前後の数年間に、通称「引田陸軍倉庫」が存在したと言われている場所に当たる。発掘調査開始からしばらくして、付近の住民の方から倉庫が出なかったかとの問い合わせがあった。この存在についての伝承的記憶は、ほとんどの近隣畑地耕作者が共有していた。しかしすでに多くの時が経過していることから、直接その存在を知る人は極限られていた。僅かな聞き取り調査や今回の調査からこの地に存在したことは確実である。」(6.)

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「アイヌ民族の遺骨返還の意義と研究倫理」 [研究集会]

アイヌ民族の遺骨返還の意義と研究倫理 -心のこもった返還のために-
大学と地域の先住民族・マイノリティの対話と連携に基づいたエンパワーメントに関する研究

日時:2016年7月14日
場所:北海道大学
主催:北海道大学メディア・コミュニケーション研究院

第1部 イントロダクション
主催者挨拶(ジェフ・ゲーマン)
趣旨と背景の説明(小田 博志)
アイヌの葬制と死生観(鵜澤 加那子)
第2部 「ストーリーテリング」:祖先とつながり直す
ボブ・サム・結城 幸司
第3部 パネルディスカッション:遺骨返還と研究倫理
天野 哲也・井上 勝生・加藤 博文・蔵田 伸雄

研究集会の報告書がpdfで公開されている。

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『アイヌ民族の遺骨は告発する』 [全方位書評]

遺骨をコタンに返せ!4大学合同全国集会実行委員会 2017 『アイヌ民族の遺骨は告発する -コタンの破壊と植民地支配-』ピリカモシリ社

「4大学」とは、「北大人骨問題の真相を究明する会」・「東大のアイヌ民族遺骨を返還させる会」・「京大・アイヌ民族遺骨問題の真相を究明し責任を追及する会」・「阪大・人骨問題の真相を究明する会」を指す。全国集会は、2017年7月に札幌市で開催された。

「1980年、海馬沢 博さんらアイヌ民族が遺骨・副葬品奪還の歴史的な闘いを開始して以来じつに40年近くをへて、その闘いはいま、あらたな局面にさしかかっています。
アイヌ民族の抗議と要求の高まりのなかで、この間、浦河町・杵臼の遺骨返還訴訟で「和解」が成立し、遺骨がコタン(郷里)に返還され、続いて紋別、浦幌でも返還されることになりました。旭川、平取、静内でもあらたな取組みが開始されています。その背景には、「先住民族の権利に関する国際連合宣言」(2007年)にもとづく、世界の先住諸民族の民族自決権、遺体・遺骨返還の権利を含む民族的諸権利獲得の闘いの前進があります。
日本政府、北海道大学など全国の大学は、徐々に追い詰められてきています。しかしこの40年近くの経過をみても、アイヌ民族の強い抗議にもかかわらず、ごく一部の遺骨が謝罪も賠償もなく欺瞞的に返還されただけです。日本政府、各大学は、ほとんどの遺骨を、2020年までに北海道白老町に開設する「慰霊・研究施設」に集約し、引き続き「研究材料」にしようとしています。遺骨・副葬品奪還の闘いは、アイヌ民族にとって、民族の主体を確立し民族的諸権利を奪い返すきわめて重要な闘いです。
墓地破壊、遺骨・副葬品略奪は、「明治」天皇制国家以来のアイヌモシリ併合、アイヌ民族同化・抹殺(絶滅)政策が必然的に引き起こした人権蹂躙の侵略行為です。とりわけ1930年代、天皇制ファシズムの時代に、アイヌ民族を「滅びゆく民族」とし、それを疑似科学的に「証明」するために、アイヌモシリ(北海道、サハリン、クリル諸島)から膨大な遺骨を略奪し、語ることさえはばかられる差別思想、差別研究を行ないました。北大など旧帝国大学は、優勝劣敗の社会進化論と優生思想にもとづくアイヌ民族「絶滅」論を流布し、アイヌ民族蔑視と差別を煽りました。しかもこのような「アイヌ研究」は、戦後も1970年代まで続けられました。
この「研究」は、日本民衆のなかにアイヌ民族蔑視と差別をいっそう深く浸透させ、天皇制国家の民衆管理に大きな役割を果たしました。アイヌモシリ侵略を当然視する日本政府、各大学は、墓地破壊、遺骨・副葬品略奪について何のとらえ返しも反省もありません。
日本労働者人民がアイヌ民族の遺骨返還の闘いに連帯することは、天皇制国家のアイヌモシリ侵略の歴史、したがって自らが侵略者、差別者に仕立て上げられた皇民化された歴史をとらえ返し労働者人民自身として自己を確立、解放する闘いです。」(「序にかえて」4.)

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2018 寒中見舞 [雑]

「チェルノブイリの事故のあと、「放射能を含んだ雨」が日本にも降った。科学者たちは、危険なほどの放射能は出なかったと言ったが、私にもちょっと言わせてほしい。科学者たちは、そんなことは知ってはいないのだ。推測しているに過ぎない。そして科学者たちは、同じような事故は日本では決して起こらないと言うが、それも知った上で言っているわけではない。起こらないことを希望しているに過ぎない。絶対に故障しない機械など、誰にも作れない。うまく行っても、たまにしか故障しない機械を作るのが関の山だろう。」(ダグラス・ラミス1988(1986)「原子力の雨(Atomic Rain)」『最後のタヌキ』晶文社)

 

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「考古学・人類学とアイヌ民族」 [研究集会]

3学協会共催シンポジウム 考古学・人類学とアイヌ民族 -最新の研究成果と今後の研究のあり方-

日時:2017年12月17日(日)10:00~15:00
場所:東京大学文学部1番大教室(東京都文京区本郷7-3-1)
主催:日本考古学協会
共催:北海道アイヌ協会・日本人類学会
後援:文部科学省

講演1:オホーツク文化人と琉球人 -アイヌ民族との接点を求めて-(石田 肇)
講演2:ミトコンドリアDNAからみたアイヌ民族の成り立ち(安達 登)
講演3:北海道におけるガラス玉の流通と「シトキ」の成立(越田 賢一郎)
講演4:アイヌ民族の成り立ちとオホーツク人(瀬川 拓郎)
討論:コメンテーター(阿部 一司・佐藤 幸雄)、司会(加藤 博文)

開催趣旨:アイヌの人々は、北海道を中心に日本列島北部周辺に先住し、言語や宗教など文化の独自性を有する先住民族です。明治時代から人類学や考古学による研究が行われており、近年の遺伝子分析や大規模な発掘調査により新たな歴史像が見えてきました。本講演会では最新の人類学や考古学の研究成果を紹介するとともに、今後の研究のあり方について考えたいと思います。

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マスキュリニティ [総論]

「マスキュリニティ 男性性(男らしさ)とは、男であることにかかわる社会的実践や文化表象のセットのことである。男である方法や男についての文化表象は歴史的、文化的に多様であり、社会および社会のなかの男性集団によって異なるという認識から、複数形の「マスキュリニティズ 多様な男性性」が使用されることもある。」(J. ピルチャー・I. ウィラハン(片山 亜紀ほか訳)2009『キーコンセプト ジェンダー・スタディーズ』新曜社:100.)

縄紋時代の「石棒」と呼ばれている棒状石製品をどのように展示するかというのも一つの社会的実践であり文化表象である。

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源ほか2011『現代の「女人禁制」』 [全方位書評]

源 淳子ほか「大峰山女人禁制」の開放を求める会 2011 『現代の「女人禁制」 -性差別の根源を探る-』解放出版社

「「『女人禁制』は女性差別ではない」と公言してはばからない主張は、「伝統はどんなことをしても守らなければならない」ということばにエスカレートし、自己暗示しているとしか思えず、それは、宗教的実践とはとうてい感じることもできない。エゴイズムの昂揚である。「1300年の伝統」に結集(わたしたちには、「呪縛されている」とみえるのだが)している「大峰山」の共同体は、頑固である。大衆もひとたび「大峰山」の「信者」の顔になると、人権もジェンダーも関係なく、超歴史的人格者のごとく変貌した振る舞いをみせる。彼らの主張からは、自分たちがよければ納得できれば、それでいいという姿しかみえない。かつて欧州議会は、「女人禁制」であるアトス山(ギリシャ正教の聖地)に対して、「いかなる伝統・慣習も人権より優先するものであってはならない」という決議を出した。それは、わたしたちの運動の理念を現実にする評価である。」(源 淳子「女人禁制」の思想:4-5.)

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男根支配を欲望する象徴 [総論]



九州国立博物館、2014年の出来事である。
「立たせたい」という、あからさまな自己欲望のディスプレイである。
九州国立博物館には「いくら何でも、やり過ぎじゃないですか」という女性の学芸員はいなかったのだろうか?

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