So-net無料ブログ作成
検索選択

山内(清)1936「日本考古学の秩序」 [論文時評]

山内 清男 1936 「日本考古学の秩序」 『ミネルヴァ』 第1巻 第4号:1-10.

「超」がつくほど有名な論文である。勿論私も学生時代に読んだし、言及されている論文も多数目にした。引用分析(Citation Analysis)をかけたら、高被引用文献(Highly Cited Papers)の上位にランクされること間違いなしである。
しかし、思い違いをしていた。
「編年学派」という言葉に惑わされて、何となく一括して「第1」の籠に放り込んでいたのだが、今回改めて読み直してみて、典型的な「第2」であることを確認した。

「考古学の資料として我々は遺跡遺物を観察する。しかし総ての遺跡遺物又はその記録は万人一様に開放されては居ない。これらの遺跡遺物の研究に当つて色々な操作をするが、しかしその操作は人によつて違つて居る。そして結局資料から何を学び取るか、に至つては著しい個人差があると見なければならない。一方に日本考古学の組織を強化しようとする傾向と共に、大胆にこれを否定する自由も保留されて居る次第である。」(1.)

「遺跡遺物の研究に当つて色々な操作」すなわち「資料から何を学び取るか」その有様を究めるのが、第2考古学である。
ここで「大胆にこれを否定する自由」と表現されている当事者こそ、1905年に30代半ばで建築史家の関野貞と「法隆寺再建非再建論争」を戦わせた喜田貞吉であり、30年後には立場を逆転させて今度は自らが学界の長老として30代半ばの山内清男と「縄紋時代終末論争」(またの名を「ミネルヴァ論争」)を戦わせることになるのは、歴史の皮肉である。

「今日学界の一部には東北地方の縄紋式は甚だ後代まで遺存し弥生式、古墳時代或いは歴史時代の西日本文化を受けて居たと云ふ考案がある。蓋しこの考は歴史時代以後日本の文化が西部に於いて高く、東北に於いて遅れたと云ふ事実に発するものであらう。古史に云ふ蝦夷を以つて縄紋式文化とし、或は西日本に於ける縄紋式遺跡を以つて俘囚の作とするのも同じ流である。しかし、現在日本が東亜に威を振つて居つたとしても、元来さうであつたと考へてはならぬ。文化の流動は時代を分けて考察されるべきであらう。」(7.)

全く、他人事ではないのである。

「新人の歴史における最大かつ最初の画期が、文化階梯の第一段階の遊動的生活から第二段階の定住的生活への転換である。この革新的大事件は、1.5万年前頃の日本列島が最も先駆的であり、その当時のヨーロッパ大陸の中心地、西アジアでさえ4千年以上も遅れる。」
(小林達雄2007「人類の進化と歴史」『考古学ハンドブック』:203.)

「乍恐諸家の再考を煩はしたいと存ずる次(第?)である。」(10.)括弧内は引用者挿入


nice!(0)  コメント(3)  トラックバック(1) 
共通テーマ:学問

nice! 0

コメント 3

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

記事を公開してから1週間経った。およそ百数十人の方々が閲覧されているようである。それでも何の反応もない。自分の記事に自分でコメントするのも情けない話だが、致し方ない。本件については、自らの専門領域を「縄文考古学、レバノン考古学」とされているある研究者の最新の文章を引用する。「縄文時代の当初は個別の文化要素では定住的傾向を示すものの継続的な集落はなく、本格的に定住集落が出現するのは約六〇〇〇年前からはじまる縄文前期以降である。定住的要素の一つといえる食糧の貯蔵穴の出現は、最古といわれる中東では約一万二五〇〇年前、日本でも約一万年前以前にはすでに出現している。この縄文の例は後氷期においては世界的にみても古い例である。(中略)本格的な住居である竪穴住居・半竪穴住居と、頑丈な炉、住居域での貯蔵穴という組み合わせの出現は、中東では一万二五〇〇年前、日本では一万二〇〇〇年前である。(中略)一万二〇〇〇年前ごろにおける中東と日本の定住的諸要素の出現から類推するに、おそらく晩氷期から後氷期にかけて、同様の定住化への試みが世界各地で起こったと考えられる。そして、各地での定住化は、その地の生態系や文化的伝統のなかで多様なものであっただろう。」(泉 拓良2007「縄文文化の先進性と停滞」『考古学の基礎知識』角川選書409:147-148.)
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2007-05-25 12:21) 

はやかさ

どうでもよいことですが、
今週の週刊アスキーに、このブログが登場してますね
by はやかさ (2007-05-30 19:30) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

御通知有難うございます。吉村大先生と相並び恐縮です。しっかし、よく見つけられましたね。立ち読み程度では、極めて困難。生まれて初めてかの雑誌を購入いたしました。念のため(2007 6/12(No.640):57.)と思われます。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2007-05-31 06:40) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1

この記事のトラックバックURL:
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。