レンフルー&バーン(第11章) [全方位書評]
第11章 人とは何者でどのような存在だったのか ―人の考古学 :429-468.
11. Who Were They? What Were They Like? The Archaeology of People
「考古学の入門書は一般に人自身の考古学、つまり人間の身体的特徴や進化に関しては、ほとんどと言ってよいほど言及していない。これは奇妙な欠落であり、本章でそれを正したいと思う。そもそも考古学の基本的目的のひとつは、考古学資料を残した人々の人生を再現しようとすることにある。そのために、過去に生きた人そのものよりも直接的な証拠など存在するだろうか。」(429.)
軟部組織が残存した遺体は、リアルである。
ドイツ北部ヴェンデバイの少女(2000年前)(430.)、デンマーク沼沢地のトルンド・マン(437.)、エジプトのラムセス2世(448.)、グリーンランド西岸キラキッツォクのイヌイットの乳児(452.)、イングランド北西部のリンドウ・マン(457.)などなど。
本書では「トルンド・マン」と訳された遺体は、「トーロン人(Tollund Man)」として発掘担当者の詳細なレポートが邦訳されている(P.V.グロブ(荒川明久・牧野正憲訳)2002『甦る古代人 デンマークの湿地埋葬』刀水書房)。
前にも記したが、単に骨だけとそれ以外の軟部組織が残存した場合とでは、もたらされる情報量のみならず、受け手に対する衝撃力が断然異なる。私たちが普段見慣れているのは、こうした軟部組織である皮膚とか髪の毛であり、その内部に存在する骨格ではないはずなのに、何故だろうか?自らに近い「生きた」物体が、遠い過去の「死んだ」物体に対比される時に、その見慣れたイメージが故に、ある忌避感そして同時に怖いもの見たさという相反する感情が生起するのかもしれない。
学生時代に見た近世武士の頭骨に付着していた「丁髷」のリアルさは、今でもありありと目に浮かぶ。
骨断片からオステオンと呼ばれる微細構造を観察することによって、人の死亡年齢を推定する方法が紹介されている(433-435.)。古組織学と呼ばれる研究領域であるが、実際の現場段階では死亡年齢の推定以前に、検出された骨片がそもそも人骨なのか、それとも動物骨なのかを識別するのに非常に有効であることが示されている(奈良貴史2004「古組織学(Paleohistology)の考古学研究への応用」『時空をこえた対話』:309-314.)。
人の大腿骨だと思ったら、熊の骨だった、あるいは頭頂骨だと思ったら、亀の甲羅だったなどという事例もあるし。







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