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長沼2010「いわゆる「ナイフ形石器文化」をめぐる学説史と方法論的展望」 [論文時評]

長沼 正樹 2010 「いわゆる「ナイフ形石器文化」をめぐる学説史と方法論的展望
-関東平野南部の台地別層位編年に着目して-」『論集忍路子』第3号:37-58.

「関東平野南部における旧石器編年研究の特色として、①層位を基準とする、②台地など「地域」別に編年の体系が異なる、この2点を指摘できる。小稿では、この2点がどのように形成され、そのためにどのような性質をもち、行動論の観点からどう問題となるのか点検することに目的を限定したい。」(38.)

「関東平野南部における旧石器編年研究の特色」は、関東ロームという厚い火山灰堆積層中に重層的に石器群が包含され、武蔵野・相模野・下総といった台地ごとにローム堆積層の分解精度が異なるという特殊事情のもとに形成された点にある。さらに首都圏近郊という高い開発圧力に応じた緊急調査の増大に伴う資料の急激な蓄積および従事する研究者層の恒常的な供給という社会学的な条件が加わることによって成立し、本来の特殊性が各段考慮されることなく普遍化されてきたという経緯がある。

「1990年代の後半に、台地別層位編年を踏襲した形で、遺跡間の連鎖をさぐる研究が現れる(野口1995,島田1998,吉川1998,国武1999など)。砂川遺跡で示唆された「石器の搬入と搬出」「遺跡間のつながり」(安蒜・戸沢1975,安蒜1977など)を、複数の遺跡で分析する取り組みである。」(46.)

挙げられた「遺跡間の連鎖をさぐる研究」は、指摘されたように「砂川遺跡で示唆された「石器の搬入と搬出」「遺跡間のつながり」を分析としていたが、その具体的な対応は決して一様ではなかったはずである。特に「個体別資料分類」とも称される「母岩識別研究」の取扱いにおいて(母岩識別問題については、【2005-10-5】,【2006-6-2】,【2007-6-18】なども参照のこと)。

「埼玉県砂川遺跡の調査と整理で発案された時点での個体別資料分類は、当初は遺跡で遂行された人類活動の復元を直接目指す試みの一つであった(戸沢1968)。後にコンポーネントの評価(生活面の識別や、いわゆる「ユニット」の抽出)にも援用されてゆくことで(矢島2005)、個体別資料や接合資料の共有が、石器集中間の同時間性を保障するとの観点も後付けされていったようである。 7)」(40.)
「7) 個体別・母岩別分類をめぐり、①分類の妥当性や再現性、②解釈の導出手順の問題が指摘されてきた(橋本1992,栗島1992,岩崎1992,小野1995,五十嵐2000aなど)。仮に①について妥当な分類が果たせても、地学的由来(成因や地点)を同じくする石片が、異なる時間に生じた人類活動エピソードの結果、発掘調査区内に近接して残された可能性は残る。つまり②について、同じ質の石片でも接合しない場合には単一の原石となる場合さえ、実際に一緒に打ち割られたものと証明はできない(安蒜2008:203-204)。石器集中間の同時性の確認や「文化層」の分離に際し、こうした限界をもつ個体別資料の共有関係に強く依拠すると、資料性の限界から逸脱してゆく。」(50.)

上記註7で言及されている証明の不可能性が言明された文献の記述を確認してみよう。

「…いまの私たちに、それら原石がみな一緒に打ち割られた事実を証明する術はない。つまり、一群の個体別資料が共伴するか否かを確かめるための、確固とした方法論を欠いているのである。」(安蒜政雄2008「総評 -旧石器時代研究の指標-」『後期旧石器時代の成立と古環境復元』:204.)

当該研究手法を主導してきた研究者によって端的に「確固とした方法論を欠いている」と述べられた手法の現状は?

「…各石器群の個体別資料分析により、石器製作作業という行為を介してユニットを構成する各ブロック間の関係が明らかにされ、さらに、遠く離れたユニット間(遺跡間)で石器製作作業を継続するという行動様式が確認された。それは一地点に長く留まることなく数回にわたって同じ地点に戻って居住するという回帰的な遊動生活を基本とするものであり、そうした行動様式を支えた石器石材の消費についても、硬質細粒凝灰岩などの地元の石材と黒曜石などの遠方からの搬入石材を比較し、この時期の特色を明らかにした。」(鈴木次郎2010「ナイフ形石器文化後半期の居住様式」『講座日本の考古学2 旧石器時代(下)』:275.)

「確認された」という確認のされ方を問題としなければならないと述べたのは、今から8年前のことである。

「母岩識別研究は日本の石器研究の質に規定されて生み出され運用されてきたが、それは日本の石器研究の質をも規定している。実体論的石器研究が主流である現状においては軽視されているとも言い得る関係論的石器研究が切り開く可能性を示すことは同時に、関係論的視点が照らし出す石器報告および石器研究が有する問題を提起することでもある。「行動論的石器研究」に至るには、「関係論的石器研究」の深化が不可欠である。それはとりもなおさず「現実の現象として把握された」(国武1999,53頁)と述べられる言説の背景を確認し、「現実の現象」という言葉が有する意味を問い直すことである。どのような認識に基づいて、どのような操作を経て「把握された」「現実の現象」なのか、と。」(五十嵐2002「旧石器資料関係論」『研究論集』第19号:58.)

46ページに「図3 空間範囲を措定するイメージ」として示されている、空間と時間の3軸上に直方体を積み重ねた「地域別の編年」モデルと、形状・範囲が異なる複数のレイヤーが重なった「個別石器群ごとに異なる空間範囲、遊動範囲や移動・居住形態も異なる(時間幅を捨象した平面で表現)」モデルは、旧石器資料の地域別編年に留まらず、正に異なる時代の異なる<遺跡>分布を考慮しない「円筒モデル」と複数の平面群が重複した「リゾームモデル」に他ならない(五十嵐2004「近現代考古学認識論」,2005「遺跡地図論」,2007「<遺跡>問題」など)。

こうした観点からは、ともすると見過ごしてしまう些細な表記であるが、「ひとつの遺跡(発掘調査区)や「文化層」に、異なる人類集団の行為痕跡が複数、重ね書かれている可能性…」(50.)という何気ない表現が重要である。
なぜなら私たちが<遺跡>と呼び習わしている用語の意味内容は、単に現代社会の様々な条件によって要請された「発掘調査区」に過ぎず、あるいは「発掘調査区」の集合体である「包蔵地」であり、全ての<遺跡>がそうであると言い切っても決して誤りではないからである。しかし本来の遺跡は、決してそのようなものとは異なる存在であるということも、ここから読み取っていかなければならないだろう。


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コメント 2

長沼正樹

ありがとうございます。アイヌ・先住民研究も、ゆっくりかんがえさせてください。
by 長沼正樹 (2017-06-27 20:07) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

ちょうど今、次回アップ予定として準備中の当ブログ記事の内容とも関連して、7年前の自分の文章を読み、そこで引用もしている9年前に書かれた文章を読み、この10年間殆ど事態が変化していないことを改めて再確認することができました。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2017-06-28 17:32) 

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