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五十嵐2013b「異状態接合研究」 [拙文自評]

五十嵐 彰 2013b 「異状態接合研究 -集石構成礫を端緒として-」『貝塚』第68号、物質文化研究会:1-8.

本論もこれまた紆余曲折あって難産の末に生まれた。
詳細については、また述べる機会もあるだろう。

「今までに地球上で何例の接合個体が観察され報告されてきただろうか? そしてこれからも引き続きなされていくことだろう。そうしたなかで外観が異なる資料同士の接合個体、すなわち異状態接合はどれほど存在しているのだろうか? そしてそのことが示す意味を、私たちはどれほど読み解いてきただろうか?」(6.)

<遺跡>の発掘調査が行われ報告のために資料整理作業が行なわれるときに、今や接合作業は不可欠である。今日も、日本の至る所で、そして世界のあらゆるところで、ばらばらになった<もの>たちをセメダインやらヤマト糊でくっつける接合作業が行なわれ、接合個体のデータを記録した接合台帳が作成され、接合個体の実測図が描かれ、接合資料の出土分布地点を結んだ接合分布図の作成が行なわれていることだろう。
しかし接合資料の意味を探求する「接合研究」は、どれほどなされているだろうか?
様々な材質の様々な形態の「型式研究」は、なされている。
またどのような分布を示すか「分布研究」も、なされている。
時代ごとの、あるいは遺物や遺構ごとの各種研究会も網羅されている。
ただ「接合研究会」なるものは、存在していないようだ。

考古資料の使用痕跡研究も、石器については活発な研究がなされている。
しかし考古資料全体を対象とした、土器の使用痕跡や木器の使用痕跡あるいは遺構の使用痕跡をも視野に入れた「使用痕跡研究」は未だに手つかずと言ってよいだろう。

本論は、こうした二つのある意味で別個になされている研究、接合研究と使用痕跡研究のコラボレーション、交叉領域研究を目論むものである。

しかしもし本論が識者の目に留まり、一年を回顧するようなレビューに採り上げられたとしたら、一体どのような項目で言及されるのかについて、ちょっと想像を逞しくしてみる。
副題にあるように縄紋時代の集石から出土した礫資料について紹介しているので、当然のように「2013年の縄紋時代」といった題目での取り扱いとなる可能性が高いだろう。
しかしこうしたことは、ある意味で筆者としては「不本意」と言わざるを得ない。
何故か?

それは、これまた副題にあるように縄紋時代の集石構成礫を資料として採り上げたのは、あくまでも「端緒として」であり、たまたま目についたのが集石構成礫であったに過ぎないと言えるからである。「異状態接合」については、これまた本文でも記したように「土器でも石器でも人が用いることで外観が異なるような取り扱いを受ける資料が接合するならば、あらゆる<もの>に当てはまる事柄である。」(6.)
本論の目的は、「異状態接合」という事象からどのような行為を導き出すことができるかという考古学的思考のモデル・ケースの提示である。
だから、
土器でも石器でも陶磁器でもガラスでも金属でも紙でも、その材質は問わない。
縄紋時代でも古墳時代でも江戸時代でも近現代でも、その時代は問わない。
日本でもニュージーランドでもマダカスカルでもキプロスでも、その地域は問わない。

それが「第2考古学」の特徴である。
だから既存の第1考古学的枠組みでなされている考古レヴューに対しては、常に納まりの悪い、居心地の悪さを感じ続けることになる。枠組み自体の脱構築が求められる由縁である。

「重要なのは、接合個体あるいは考古資料が接合するという事象そのものではなく、異なる<場>から出土した<もの>たちが接合するという事象を通じて示すことができる、<もの>が異なる<場>にもたらされた経緯、接合資料双方の取り扱われ方の違いから明らかにされる事柄である。」(6.)
「<もの>に残された痕跡および<場>における<もの>の遺存状態から、どのようにしてそのような痕跡・遺存状態を呈するに至ったのか、残された結果である痕跡からその原因・経緯である様々な人間行為を明らかにするのが考古学的思考であり、第2考古学の研究領域である(五十嵐2010)。」(7.)


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