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「NT」こと長廣敏雄 [学史]

「一美術愛好者である自分は、去る九月廿日(ママ)大同同盟電報によつて、山西省大同を占拠したわが軍は、大同懸域より西南約三十支里にある雲崗大石窟寺の保護令を発して、千古の美術品の敗散(ママ)支那兵の破壊行為から之を守つたときいて、これでこそ日本軍だと深く心に銘した。」
「筆者は支那の今日、残されてゐる歴史的建築物が、たゞ僅かに岩山を彫つて石窟とした所謂石窟寺のみを止めているのを実見した。しかも支那の貧農や無頼徒は金銭に代へるために平時でもそうだが殊に飢饉、戦渦に遭へばその石窟内に寝食して仏頭、仏体を破壊、売却するのである。この古美術の価を坑道内の鉱石を掘りとると同様に考へるか、或はその破壊を防いで保護するかの違ひによつて、動物人間であるか一人の人間であるかの差が生ずる。赤十字のマークを掲げた船を襲撃するか否かの相違にも似るのだ。」
(NT1937「戦塵余録『大同石仏』保護令 -皇軍の文化擁護-」『土曜日』第42号、1974『土曜日』復刻版、三一書房、藤井祐介2007「統治の秘法 -文化建設とは何か-」『大東亜共栄圏の文化建設』人文書院、19.)

「じつは、「皇軍」の石仏保護を讃美した「NT」とは、長廣のイニシアルである。先にとりあげた『土曜日』掲載記事は、長廣や水野が調査計画を立案する以前に、「NT」こと長廣が執筆した。水野らによる第一回調査終了から一年を経て、今まさに、長廣は「皇軍」とともに「文化の擁護」を実践することになったのである。」(藤井2007:27.)

「『世界文化』『土曜日』がコミンテルンの指示を受けた人民戦線的文化運動とみなされ、同人たちは治安維持法違反に問われた。人民戦線戦術の登場にともなって、治安維持法の適用範囲はコミンテルンの間接的な指示を受けた(とされる)活動にまで拡大されたのである。長廣敏雄は『世界文化』創刊時からの同人であったが、どういうわけか、検挙されなかった。」(藤井2007:25-26.)

「どういうわけか」ではなく、「当然のことながら」なのである。
「占領地の治安維持に邁進する軍を讃美」(同:24.)する者を検挙するはずがない。
中国への渡航申請を許可しないといったささいな嫌がらせをする程度である。
対して、同じ『世界文化』同人で、長廣の3歳若年の禰津は1935年の「原始日本の経済と社会」【2014-01-15】を発表しただけで、即検挙である。質が違うのである。

「当時、心の中で矛盾があるわけです。軍のお世話にならなければ調査できないようなところを、自分はあえて調査に行っている。また軍の言うままになっているじゃないか。もっと言うならば、軍国主義に私も毒され、文化侵略をしているというようなことになるんじゃないかという、心の中に矛盾があるわけです。しかし私から言うと、そうじゃないんだ。おれたちは軍をうまく利用してこういう調査をしているんだと、こう考えた方がいいということです。だから私は、別に軍に対して卑下したというようなことはありませんけども、とにかく軍を利用してこういう大調査をやったと考えております。」(長廣敏雄1986「わが回想の記」『橘女子大学研究紀要』第13号:243.)

大胆不敵と言おうか、野放図と言おうか、…
巨大な組織を相手に「利用してやった」とうそぶく場合、後日実は「利用されていた」ことに気付く場合が多いのだが、稀には後に至るまで「利用してやったのだ」と信じ込んでいる事例もあるということだろうか。

「勿論、この時期における中国大陸での調査が、軍隊に守られてのものであることはいう迄もない。しかし、激しさを増す戦争のさなかで、雲岡石窟調査が奇妙な別世界を形造っていたのは何故であろうか。水野・長廣両先生をはじめ、お二人を助けて調査に参加された人々は皆、学問的に極めて重要であり、しかも芸術性にあふれ、そのうえ実に大規模である雲岡石窟の魅力に取りつかれ、ひたすら、その全貌を細部にいたるまで、徹底的に説き明かそうとする学問情熱をもって石窟調査に取組み、なにものをも私されなかったからではなかろうか。研究調査が同時に、世界的に貴重な文化史蹟の保存事業に結びついていたからこそ、この事業の正当性を誰に向かっても堂々と主張し、さらには戦後の困難な時期に、いちはやく出版にこぎつけることも可能となったのである。」(秋山進午1994「長廣敏雄先生の歩まれた道」『考古学京都学派<増補>』角田文衛編:165.)

何を目的とした「学問情熱」だったのかが問題であろう。
「なにものをも私されなかった」というのは、調査の目的が自分の学問や業績のためではなく、そして「日本考古学」のためでもなく、その地に生きる「動物人間」とまで酷評された「支那の貧農や無頼徒」たちのためになされた調査であったということを意味するのであろうか。
「皇軍の文化擁護」についても、「誰に向かっても堂々と主張し」ていくのだろうか。
恐ろしい話しである。


タグ:倫理 学史
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