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五十嵐2014a「石器的な<もの>と土器的な<もの>」 [拙文自評]

五十嵐 2014a 「石器的な<もの>と土器的な<もの> -相互性と特質-」
           『東京都埋蔵文化財センター 研究論集』第28号:1-12.

「考古学における土器は言語であり、石器は音楽である。」
杉原荘介1965「先土器時代の日本」『日本の考古学 1 先土器時代』:16頁.

「石器は音楽であり、土器は言語であるとは、どのような意味なのだろうか?
こうしたことが述べられてから既に半世紀になろうとしているが、未だに疑問は解かれていない。代表的な考古資料である両者を比較検討することで、見えてくるものがあるに違いない。」(2.) 

半世紀前に記された謎めいた文章。
学生時代に一読して以来、心に引っ掛かっていた「意味深」なフレーズ。
その謎を解こうと試みた「日本考古学」初の試み!
果たして、その結果は?

両者を比較検討する為に、8つの項目を立てた。
1.素材性
2.型式性
3.再生原理
4.痕跡性
5.破片性
6.接合性
7.時標性
8.製作・搬入
そして補論として、「形と機能の相互関係」および「石器と土器の3次元閾」について論じた。

果たして、半世紀にわたり凍結されていた疑問は、氷解しただろうか?
それとも・・・

「一つの<もの>を見ていては、見えてこないことがある。異なる<もの>を比較し、その違いと共通性を勘案することによって、その<もの>の特性が浮かび上がる。」(9.)

考古学は「歴史研究」と同時に「もの研究」であるという第2考古学としての立場表明である。
積み残された課題もまた見えてきた。

「考古学の資料論一般として語られてきた諸々が、実はその代表的な考古資料である土器資料を念頭に置いた限定的な資料論であった可能性はないだろうか?
考古学という学問の型式論として積み重ねられてきた多くの議論についても、あらゆる素材の多様な考古資料全てに例外なく適用できるものなのだろうか?」(10.)

もし適用できないとしたら、そのような方法論には瑕疵があるのではないか?
「あらゆる素材の多様な考古資料全てに例外なく適用できる」方法論を考える必要はないのだろうか?
チャレンジに価する新たな難問である。

私たちがなすべき課題は、山積している。

【追記】(2015-12-20)
「五十嵐彰氏は石器・土器のもつ様々な属性を比較し、その特性を指摘した上で、考古資料論一般と語られてきたことが、土器を念頭に置いた限定的なものではないか、考古学で用いる型式論についての議論もあらゆる素材の多様な考古資料に例外なく適用でくるだろうかと問いかけ、素材別の個別研究に自閉化することなく、石器・土器の対比から複雑な特質の一端が垣間見えるのではないかとしている(文献266:五十嵐 彰「石器的な<もの>と土器的な<もの> ー相互性と特質ー」『東京都埋蔵文化財センター研究論集』ⅩⅩⅧ pp.1-12)。資料論を考える上での根本的な部分に対する議論であり、こうした課題に対して正面から考えた研究は、これまでほとんど見られなかったように思う。考古資料をどのように扱うのかを考える上で興味深い示唆も多く、資料論の抱える課題を考えさせられる。」(長田 友也2015「遺物論」『縄文時代』第26号:219.)


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