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大勢順応主義 [総論]

今から3年前のこと、ある学会の総会会場に入ろうとした時に、旧知の学会理事から話しかけられた。
その学会の理事会宛に文化財返還問題に関する要望書を提出した時のことである。

「理事会では「イガラシ問題」って言われているよ。」
「はぁ~」

そんなことを思い出した、ある新聞に掲載されていたインタビュー記事の一部である。

「01年のアフガン空襲のとき、朝日は社説で「限定ならやむを得ない」と書いた。それに抗議の声を上げた記者がいたことを、ぼくは知っています。あれは別に全社挙げての民主的な討論を経て書かれるわけじゃないですよね。しかし、それは違うんじゃないかって執拗に言い張ると「困ったちゃん」みたいに扱われる。場違いなわけです。ただ、場違いなことが、どれだけ大事なことかという気がします。ささやかな抵抗のほうが、国会前での鳴り物入りのデモより頭が下がります。」
「そうしたことを冷笑し、馬鹿扱いすることが、時とともに組織や社会をどれだけ悪くしていくことでしょうか。コンフォーミズム(大勢順応主義)の傾向はますます、きつくなっている。だから場違いなことを試みるってことこそ大事なんじゃないかな。衆議に従って、ではなく緊急動議的に発言していく勇気って言うんでしょうか。勇気なんて、あんまり好きな言葉じゃないけどね。おずおずとした発言でいい。かっこ悪く、ぶつぶつでいい。自分がそういうことに直面したときに、果たしてどれだけ誠実でいられるかという問題だと思うんです。」
(辺見 庸2016年1月21日「インタビュー 時流に抗う」『朝日新聞』オピニオン15面)

 最近、経験した「現実追随主義」といったたぐいも、コンフォーミズムの一種である。

「過去に未来があり、未来に過去がある」という言葉も心に残る。
単なる「温故知新」ではない、それぞれが相互に浸透し、共に影響し合っている。
それが「歴史」というものの実態なのだろう。


タグ:研究姿勢
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