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五十嵐2016b「<場>と<もの>の考古時間」 [拙文自評]

五十嵐 2016b 「<場>と<もの>の考古時間 -第2考古学的集落論-」『考古学の地平 Ⅰ-縄文社会を集落から読み解く-』小林 謙一・黒尾 和久・中山 真治・山本 典幸編、六一書房:117-128.

① 住居跡時間(遺構製作時間)を推定する信頼度は、土器型式(遺物製作時間)の出土状況(部材か覆土かといった遺物廃棄時間)で異なる。
② 同じ出土状況を示す接合資料についても、含まれた<場>の条件によって埋没に至る経緯や経過時間に関する解釈が変容する。
③ 同一遺構において異なる遺物型式が共存した場合の解釈は、遺物時間を優先して遺構時間を引き延ばすか、遺構時間を優先して古い遺物時間を引き延ばすかになる。
④ 累重関係は遺物廃棄時間が相対的に確定できるのに対して、面中関係は部材の相互関係のみでは遺構に組み込まれた相互関係を確定できない。

「集落址研究と時間尺度」(石井2012)で述べられた対象を用いて、どのように違うことが言えるかという課題を自ら設定して記したものである。
最近ある人にある所で述べたのだが、考古学に限らず学問・研究というのは、どれだけ人と違うことが言えるかということに尽きるのではないだろうか。誰にでもできる、皆がやっている研究ではなく、その人にしかできない研究を。

フットボール用語で「オープン・スペース」というのがある。
90.12m×45.9mという限られたエリアに22人のプレイヤーが入り乱れるのだが、均等に配置されれば当然オープンなスペースというのは生じえない。しかしそうはならないのが常であり、誰もが一点を追い一方向に向かう時に、一人だけそれとは逆方向の誰もいないスペースに走り出す。そこに新たな展開が、可能性が生み出される。
フットボール・アーキオロジー(第2考古学)である。

「地質学で確立された「地層累重の法則」を考古資料に適用できるのは<場>や<もの>の廃棄時間についてのみであり、製作時間については無条件に適用できないというのが「鈴木‐林テーゼ」(五十嵐2006:71-72頁)である。しかしこうした基本的な認識についてすら、広く議論が喚起されて問題が共有されているとは言い難いのが現状である。」(125.)

何故なのか?

「遺構時間と遺物時間は異なるということ、「古い」とか「新しい」という場合に何を念頭に置いて述べているのか、作られた時間(製作時間)なのか埋まった時間(廃棄時間)なのかを、常に問い返し、自らが語る時にはいつも意識して語らなければならない、という非常に厄介な事態に私たちは置かれている。しかしいくら厄介で面倒であっても、それが考古学という学問の本質なのであるから、致し方ないとしか言いようがない。」(126.)

何が本質なのか、何をもって本質とするのか、人によって答えは異なるだろう。
人それぞれが、自らの思うところに従って歩むしかない。

最後に「註1」で記した五十嵐2011「遺構時間と遺物時間の相互関係」『日本考古学』第31号の誤植訂正を改めて記して、お詫びとする。
誤:遺構時間が優先する場合(単独・離散)と遺物時間が優先する場合(重複)があり、両者の違いを明確に認識する必要がある。
正:遺物時間が優先する場合(単独・離散)と遺構時間が優先する場合(重複)があり、両者の違いを明確に認識する必要がある。

このように記した本人が「明確に認識」していなかったというお粗末さである。


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