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考古学的判断の妥当性をめぐって [総論]

『東京の遺跡』第106号(2016年10月10日発行)の「編集余白メモ」という欄に、「考古学的判断の妥当性とは -「緑川東問題」という問題提起への応答-」(黒尾和久)と題する短文が掲載されている。
もとより編集者が紙面の余ったスペースにメモ書き程度の事柄を記したという性格なのだが、なかなかに看過し難い内容を含んでいる。

「状況証拠に照らした「SV1廃棄時設置」の蓋然性の高さは、報告にしっかり目を通せば理解してもらえると信じているし、…」

これでは、「SV1廃棄時設置」に異論を唱えている私は、まるで「報告にしっかり目を通」していないかのようである。

緑川東問題、これは4本の大形石棒の並置がSV1の構築時なのか、それとも廃絶時なのか、要はどちらがもっともらしいと思われるか、どちらの方が筋が通っているかいないか、単にそれだけである。
単にそれだけ、なのだが、そこが大変難しい。

あの4本の大形石棒について、まず考えてみよう。
これは1本作るのでさえ、並大抵ではない。莫大な労働力と途方もない時間が費やされたに違いない。
それが1本ではなく、4本である! 想像を絶する投下労働量。そこに込められた壮絶な思い。
誇張し過ぎ、大袈裟、信じられないという方は、試みに1本でいいから、同じようなレプリカを自ら作成してみたらよい。
あれだけの柱状節理の原石の探査、最適な部分の選び出しから切り出し(いったいどうやって?)、そして作業場までの運搬(いったいどうやって?)、そして常に生じる折損・破損の危険性を回避しつつ細心の注意を払いながらの整形作業(あそこに至るまでにいったいどれだけの失敗作があっただろうか)……

考えただけでも、気が遠くなる。
尖頭器や石鏃を作るのとは、訳が違う。スケールが違う。込められた思いが違う。

そのようにしてこの世に現出した<もの>を、何の意識もせずに、単にあそこに置いたと考えるのか、それとも、その配置にあたっては、考えに考え抜かれた選地(あの4本を置くのは「あの場所」でなければならなかったに違いない!)、幾世代にもわたって受け継がれてきた神話に基づき、叡智を結集して繊細に決定された方角に先端部を揃えての配置(「あの方角」でなければならなかったに違いない!)……
熟慮に熟慮を重ねた末の設置と考えるのか、否か。
ある人は、その設置の方向性に何の意味もない、という。
単に数ある中の普通の「敷石住居」の一つを選び、その住居の主軸に合わせて置いただけだという。
本当だろうか? 信じられない。
決して、そんなことはないだろう。
私は、当時の最高度の知識と知恵が集約されて、考えに考え抜かれた上で、予め用意周到に設計されたプランに基づいて、あそこにあのように配置されたと考える。

これが出発点である。

「その意味において「SV1廃棄時設置」の蓋然性の高さは担保されていると、まずは五十嵐さんの問題提起に対する私の応答としたいのだが、…」

担保(goo国語辞書より)
1 将来生じるかもしれない不利益に対して、それを補うことを保証すること、または保証するもの。抵当。「土地を―に入れる」
2債務者が債務を履行しない場合に備えて債権者に提供され、債権の弁済を確保する手段となるもの。物的担保と人的担保とがある。
3 (特に、物品などの形 (かた) を取らないで)その事を保証するもの。「消費者保護実現の―はない」「法律によって―する」

どの「意味において」なのか良く分からないし、これでは応答にも何もなっていない、とだけ言っておこう。
そして当然のことながら、私も「この「問題」についての対話を継続したい。」


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コメント 6

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

次の機会には、「報告」の何頁のどの文章をどのように読めば「廃棄時設置」が「理解」できるのか、具体的に御教示頂けます様にお願いいたします。ただ「報告にしっかり目を通せ」だけでは、こちらも「緑川東問題という論考にしっかり目を通すように」といった応答になってしまい、これでは議論にも対話にもなりません。
また少なくとも「論点1:大形石棒の性格について、その特殊性をどのように評価するのか、論点2:大形石棒並置について、はたして計画性は有ったのか無かったのか、論点3:SV1自体の性格について、特殊なのか一般的なのか、論点4:大形石棒の使用について、樹立以外例えば並置といった状態を認めるのかどうか」といったことぐらいは、最低限お答え頂きたいと思っております。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2016-10-25 12:33) 

アマチュア

わたしが学生時代、集落論で名を馳せた黒尾さんはまだ現役なんですね。
横切りの集落論だったでしょうか?忘れてしまったことも多いのですが、この竪穴の覆土は比較的「短期間」で形成されたとか、この2軒の竪穴は比較的時期が近いなんてことを言ったら、「ズバリ短期間とは何年のことでしょうか?」「時期が近いとは何年ぐらいでしょうか?」など質問していたのを思い出しました。
土井さんと黒尾さんは、遺物や遺構の廃棄された時期を特に意識されていた、もしくは遺跡の形成されていく過程に強い関心を持たれていた印象が強いです。遺物に秘められた性格、まさに石棒が制作された背景を想起するのは、ご自身の研究スタイルにあわなかったのかな?と今ではそう思います。
でも、仮に用途論などの論文を書かれていたらごめんなさい。
by アマチュア (2016-11-23 20:38) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

今や遺跡形成過程に関心を持つのは、考古学者としての基本的な在り方だと思います。言い換えれば、いまどき遺跡形成過程に関心を持たないのは、考古学者としていかがなものかと。
石棒の用途・機能・使用形態などは、誰もはっきりと断言できないのではないでしょうか。言い換えれば、はっきりと断言できないからこそ「第二の道具」と呼ばれているのだと思います。
来年2月に緑川東の石棒に関する研究集会を開催する準備を進めています。

by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2016-11-24 08:09) 

アマチュア

緑川東の件は新聞に掲載されていたので気になっていました。
なぜ敷石遺構の床面なのか?
なぜ4本の石棒が同じ向きに並べられた状態で出土したのか?
敷石の検出レベルと石棒の検出ベルにどのくらい差があるのか?
関東で他に類例はあるのか?
などなど、考古学とは無関係な仕事についているにもかかわらず、いまでも考古学系の記事を見かけると、いろいろなことを考える癖が抜けず、今に至っています。
現役の考古学者がどのように解釈するか、研究集会が非常に楽しみです。



by アマチュア (2016-11-26 01:03) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

ご質問の一つ目は誰も答えられないと思います。
二つ目は諸説があります。
三つ目は「同じレベル」です。
四つ目は「前代未聞」です。
お会いできるのを、楽しみにしています。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2016-11-28 12:59) 

アマチュア

ご多忙にもかかわらず返信ありがとうございます。
研究集会での議論を楽しみにしています。
by アマチュア (2016-12-03 18:37) 

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