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緑川東遺跡の大形石棒について考える(予告) [研究集会]

【公開討論会】 緑川東遺跡の大形石棒について考える(予告)

日時:2017年2月19日(日)13時~17時(開場12時30分)
場所:東京都埋蔵文化財センター2階会議室

主催:東京考古談話会
協力:セツルメント研究会
呼びかけ人:五十嵐 彰・黒尾 和久・小林 謙一
【趣旨】
2012年6月30日に、国立市緑川東遺跡の「敷石遺構SV1]と名付けられた遺構から長さ1mを超える大形石棒が4本並んで出土しました。発見当初から大きな話題となりましたが、未だにその評価が定まりません。特に大形石棒が設置されたのが「敷石遺構SV1]の製作時なのか、それとも廃棄時なのかという点について異なる意見が提出されています。今回は、両方の論者を招いてそれぞれの論拠を示してもらい、会場の参加者と一緒に4本の大形石棒を巡る諸問題、考古学的な事象から導かれる私たちの判断・解釈・説明のありかたについて円卓形式で自由に議論をしたいと思います。
【タイム・テーブル】
13:00- 趣旨説明(小林) 13:10- 基調報告(黒尾) 13:30- 対論提示(五十嵐)
13:50-17:00 コメント・自由討論
*参加費は無料、申し込みも不要です。できるだけ多くの方々に参加して頂くことを希望しています。ただ緑川東遺跡の報告書(ダイサン編2014『緑川東遺跡 -第27地点-』)とその対論(五十嵐 彰2016「緑川東問題」『東京考古』第34号)が議論の前提となりますので、予め目を通していただければ理解の助けになるかと思います。また『東京の遺跡』(東京考古談話会)でも、調査速報(99号)、報告書紹介(101号)、シンポジウム紹介(102号)、考古学的判断の妥当性とは(106号)、廃棄時説という隘路(107号)など関連した文章が掲載されていますので、ご参考にして下さい。

以上、配布チラシより

以下では本ブログおよび五十嵐2016「緑川東問題」で示した疑問点を改めて記すことで、当日の備忘録としよう。
*「大形石棒の出土範囲には敷石が認められない」ことが、なぜ廃棄時説の根拠(状況証拠)になるのか? →ブログ【
2015/1125

*「4本の石棒は床面下にめり込む状態で遺存していた」ことが、なぜ廃棄時説の根拠(状況証拠)になるのか? →ブログ【2015/1125
1.土器個体3の接合事象から、どのようにして敷石除去と浅い掘り込みという解釈が導かれるのか?(4頁)
2.接合礫5309が、石棒設置場所から剝がされたという根拠は何か?(5頁)
3.敷石除去について「確証が得られない」と述べられた事象が、なぜ「ほぼ明らかである」されるのか?(67頁)
4.敷石の除去と加曽利EⅤ・北白川C4土器の共存とは、はたして同等の確からしさと言えるのか?(7頁)
5.(長田)遺構内樹立が成り立ち難いのなら、敷石除去も成り立ち難いのではないか?(8頁)
6.(長田)本遺構の限定的な意味づけは困難としつつ、廃絶時に並置したと限定的に意味づけることはできるのか?(9頁)
7.石棒の使用形態は、樹立と断言できるのか?(9頁)
8.当初のSV1は、どのような性格の遺構だったのか?(9頁)
9.SV1のみ他の敷石住居と主軸が異なるのは偶然なのか?(10頁)
10. SV1の主軸および石棒並置の方向性に、計画性はないのか?(11頁)
11. なぜ製作時説は、検討の対象とならなかったのか?(12頁)
12. 廃屋儀礼という考え方について、再考する必要があるのではないか?(13頁)

最近は、廃棄時説にたって、石棒を設置するための「浅い掘り込み」をなぜ確認することができなかったのか、という根本的な疑問を合理的に説明しようと努めているのだが、藪の中に入ったまま出てこれない。


【拙文自評】
五十嵐2017a「緑川東・廃棄時設置という隘路」『東京の遺跡』第107号、東京考古談話会:3-4.

黒尾2016「考古学的判断の妥当性とは「緑川東問題」という問題提起への応答」『東京の遺跡』第106号への応答文である。本ブログ考古学的判断の妥当性をめぐって」【2016-10-21】に記したコメント(2016-10-25)をやや詳しく述べた。来月の公開討論会では、ここで提示した論点を軸に意見が交わされることになるだろう。


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