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緑川東遺跡の大形石棒について考える(報告) [研究集会]

公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」
日時:2017年2月19日(日)
場所:東京都埋蔵文化財センター 2階会議室
主催:東京考古談話会 
後援:東京都埋蔵文化財センター・国立市教育委員会 
協力:セツルメント研究会

「報告書の刊行後に、大形石棒が設置されたのが「敷石遺構SV1」の廃絶時以降という報告書の所見に対して、製作時の可能性も否定できないのではないか、むしろそう考えるべきではないのかという疑義が、『東京考古』および『東京の遺跡』誌上で提示され、またそれに対する反論も出されています。」(東京考古談話会・企画担当 黒尾・追川・中村2017「公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」の開催にあたって」『公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」資料集』)

「報告にしっかり目を通せば理解してもらえると信じている」(黒尾2016「考古学的判断の妥当性とは」)というのが「反論」に値するのか疑問とせざるを得ない。

【廃棄時説の4基準】(遠藤・渋江2014:18. 黒尾・渋江2014:87.)
1.大形石棒出土範囲に敷石は認められない。
2.大形石棒は床面の下にめり込む状態で出土した。
3.大きめの土器片や除去されたと思われる扁平礫が大形石棒の上から出土した。
4.大形石棒下の掘り方覆土と大形石棒上の遺構覆土から出土した土器片が接合した。

報告時に提示された廃棄時説の根拠について、廃棄時説だけでなく製作時説についても該当するのではないかと「疑義」を提示してきたのだが、当日も詳細な説明がなされることなく「合わせ技」という分かったような分らないような説明で、今後も「4基準」を堅持していく意向が示された。「合わせ技」などという手法が科学的な論証や推論においてどれほど有効なのかどうか、寡聞にして知るすべもない。
当日には、「こうした基準(による合わせ技)が該当するのは、4本の大形石棒だけではなく、大形石棒の周囲に設置されている敷石についてもなのですが、そうするとそれらの敷石も廃棄時に設置したということになります。果たして、それでいいのでしょうか?」という新たな問いを投げ掛けたのだが、廃棄時論者の誰からも明確な回答は得られなかった。
敷石遺構の廃棄時に従来の敷石と炉跡を全て除去して、改めて全体に敷石と大形石棒を設置しなおす。えらいことになってきた。

そうではなく重要なのは、遺構に設置された部材には、一般的な遺物や遺構と異なる時間性があるということ、すなわち遺物や遺構については製作時間と廃棄時間という2種類の時間性が問われるのだが、部材的遺物はそれに加えて製作時間と廃棄時間の間に、設置時間という異質な時間が不可欠的に存在するということ、部材という<もの>はある<場>における構造物の製作時に設置されるのが一般的であり、廃棄時に設置されるというのは特殊な事例であること、そうした特殊な事例であることを論証するにはそれ相応の根拠が必要であること、そして部材的遺物の設置時間を遺構の製作時間に引き寄せるのか、それとも廃棄時間に引き寄せて考えるのかについては、部材を取り巻く考古学的コンテクスト、例えば重複単位間の2類接合といった事象に関わるのではなく、その部材を私たちがどのように認識するのか、すなわち使用するために設置した「使用部材」(例えば石囲炉)と認識するのか、それとも使用後に設置した「廃棄部材」(例えば「使用」後に並置されたとする大形石棒、他に類例が思い付かない!)と考えるのかという、私たちの<もの>に対する見方、「私たちの眼差し次第」であるということである。
緑川東問題の核心には、並置された4本の大形石棒を「使用部材」と考えるか、それとも「廃棄部材」と考えるかという、私たちの大形石棒に対する「使用概念」の適用問題がある。「樹立」形態だけが石棒の使用であるという「石棒神話」に固執するのか(並置「廃棄部材」観)、それとも樹立以外の「並置」という使用形態を認めるのか(並置「使用部材」観)のせめぎ合いである。
「石棒神話」の呪縛から解放されるには、ジェンダー視点によるクリティカルな自省が要請される。
「並置」という使用形態を認識して製作時説に立つことによって、今まで廃棄時説では軽視されてきた「床下土坑」についてもより正当な評価を下すことができるようになるだろう。廃棄時論者に対しては、改めて廃棄時説では不可欠な「浅い掘り込み」の存在を確認することができずに、代わりに廃棄時説では無関係な「床下土坑」と大形石棒が密接な関係を有するということに対して、筋道の通った説明を求めたい。
そして何よりも製作時説に立つことによって、緑川東・向郷集落におけるSV1の評価が大きく様変わりすることになるだろう。

「東京都下野谷遺跡と東京都向郷遺跡はともに、300基近い土坑墓が残された最大級の集団墓をもつ遺跡でありながら、石棒が稀少である。こうした事例の存在は、一見、祖先祭祀と石棒との関連性を否定するものに映るのだが、租霊の象徴ないし依代が須く埋葬地に無ければならない理由はない。むしろ祭祀の対象となる租霊の象徴物として、「宗家」のような特定の家または祭祀集団によって大切に祀られ、転移にあたっては持ち出されて継承されていたと見る方が自然であろう。」(谷口 康浩2005「石棒の象徴的意味 -縄文時代の親族社会と祖先祭祀-」『國學院大學考古学資料館紀要』第21号:35.)

ある種の「予言」である。

「…石棒を安置し利用した「SV1製作時設置説」(五十嵐前掲)、特に石棒に対する「並置」という使用状態も有り得るというような視点は、成り立つのであろうか。」(長田 友也2017「石棒の樹立と安置」『資料集』:30.)

「緑川東問題」(五十嵐2016)に対しての最初の応答(黒尾2016)に続く2番目の応答なのだが、疑問形で提出された反語形式の問い、「並置」という状態は有り得ないという論拠が短い文章のどこを読んでも明示されていない。
「特異な考古資料に対して多様な解釈を並べ、その妥当性・是非を問うことではなく、論拠を明示し相互に意見交換した上で討論することで、あらためて緑川例の重要性を再認識・強調することが、緑川東遺跡の整理に携わった者としての役割であると感じる。」(同:31.)と述べられているにも関わらず。

石棒に対する「並置」という使用状態が有り得ないのだとしたら、深鉢形土器に対する「炉体」という使用状態も有り得ないだろう。

「…最低限として、解釈に至った経緯とを含めた論拠を明示した上で、現状で考え得る事象に対し矛盾なき説明を求めたいものである。」(同)と述べられているにも関わらず、製作時説の矛盾が述べられていない。逆にこちら側は、廃棄時説の矛盾を「撞着論法」として指摘しているのである。「矛盾なき説明を求めたい」のは、こちら側である。

より詳細な調査をすれば、問題は解決するといったような話しではない。
痛感するのは、考古学的な時間感覚すなわち時間論の重要性である。
ある<場>における<もの>相互の時間関係に対する感覚の違いが、<場>と<もの>の解釈・立場を大きく左右してしまう。
「緑川東問題」は、大袈裟に言えば「日本考古学」の試金石である。

一般的なシンポジウム形式の研究集会としてはやや異例の3時間に及ぶ討論の時間を確保したのだが、それでも足りなかった。
できれば参加された全ての人から自分はどちらの立場に立つのか、そしてその根拠について発言してもらいたかったのだが。

次なる機会を期待したい。


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コメント 2

高木

小さな波はなかなか大きな波にならないようです。討論会の内容をふまえて、もう一度検討がされるのでしょうか。次回はあるのでしょうか。
by 高木 (2017-02-28 08:29) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

これから当日なされた討論部分についての文字起し(記録化)がなされて、5月刊行予定の雑誌に掲載されるとのことです。今後はそれを読んだ人たちが、また自ら小さな波を起こしつつ、やがて誰も阻止できない「うねり」となっていくような気がします。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2017-02-28 12:05) 

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