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公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」自由討論記録 [研究集会]

「公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」自由討論記録」『東京考古』第35号:1-20.(2017年5月

キーワードは2つ、「合わせ技」と「為にする議論」である。

「合わせ技」(3.)とは、「技あり」を2回取ったときに合わせて一本勝ちとなることをいう。すなわち「技なし」をいくら合わせても「一本」にはならない。問題は廃棄時説の4条件それぞれに「技あり」が認定されるかどうかである。更なる説明を求めたい。

「為にする議論」(10.)とは、「ある意図の下にあらかじめ結論を決めて、都合のいい論拠だけを挙げるような議論」(「はてなキーワード」より)である。どこかで聞いたような文言である。

「すなわちそれは何らかの考古事象の観察によって「敷石の除去」という判断がなされて、その結果として「廃棄時設置」という結論が導かれたのではなく、最初に「廃棄時設置」という結論があり、そのことを補強するために「敷石の除去」という説明が持ち出されたのではないか、という疑念である。」(五十嵐2017a「緑川東・廃棄時設置という隘路」『東京の遺跡』第107号:4.)

驚いたのは、4月上旬の初校時にはなかった【追記1】なる文章が5月上旬の再校時に「自由討論記録」の末尾に付け加わったことである。
「それはSV1が入口部、SI2が主体部という、もともと一軒の柄鏡形敷石住居であった可能性が完全に否定できていないというものである。」(黒尾:20.)
あわてて【追記2】とする感想を挿入してもらった。
「「SV1」を「一般的な敷石住居の再利用」とする人びとは、「必要以上に(礫を)積み上げ」るような「SV1」が「敷石住居の入口部」であっても、なお「一般的な敷石住居の再利用」との考えを維持されるのだろうか?」(五十嵐:20.)

もし「SV1」が入口部だとしたら、それはもはや「柄鏡」の「柄」とはかけ離れているのではないか。いやもしかしたら、私のイメージする「柄鏡」の「柄」は他の人のそれと大きく異なっているのではないか、との疑念すら頭をよぎる。

「SV1の主軸が通常と逆方向となっていること、炉が認めら(れ)なかったことも説明」(20.)しようとして「SV1」を入口部とすれば、「SV1」が実は通常の柄鏡形敷石住居ではなく、八王子市小田野遺跡SI08・10のような特殊な遺構であることを呼び込んでしまう。進むも難、退くも難、いわゆる「進退両難」の身動きがとれない状態である。もはや「隘路」といった段階は通り過ぎて「泥沼」ともいえる状況である。こうした窮地から、いったいどのようにして脱することができるだろうか? 道はただ一つ、廃棄時説へのこだわりを捨てることである。

「今回そういった意味では、結論がでるわけではないわけですが、論点はより明確になったと思います。また黒尾さんには床下土坑のような、考えていかないといけない新しい宿題があり、五十嵐さんのほうも、製作時説にも二つ説があるという新たな展開が生じてきました。」(小林:20.)

「明確になった」のは、製作時説に関する(その1)と(その2)という二通りの在り方は「遺構・石棒におけるライフヒストリー的な整理」(長田2014:164.)や「遺構のライフサイクルからの議論」(小林2017:1.)からは見えなかった、すなわち「<場-もの>製作-廃棄相関図」(図4 廃棄時説の構図、図5 製作時説(その1)の構図、図6 製作時説(その2)の構図、相関図の初出は五十嵐2011「遺構時間と遺物時間の相互関係」『日本考古学』第31号)で考えなければ見えてこなかったということである。

【追記】
 慌てて記し校正もなかったため訂正があります。
【追記2】20頁・下から2行目:小田野遺跡SI08・09遺構 → 小田野遺跡SI08・10遺構

タグ:緑川東問題
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