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吉田、アートル編2017『考古学と現代社会』 [全方位書評]

吉田 泰幸、ジョン・アートル 編 2017 『文化資源学セミナー「考古学と現代社会」2013-2016』(Japanese Archaeological Dialogus)金沢大学 人間社会研究域付属 国際文化資源学研究センター(CCRS)

今年の総会@大正大学は、本書をゲットするのが大きな目的だった。何せ「タダ」だというのだから、内容は値段に相関しないという典型的な事例である。

序章 セミナーシリーズ「考古学と現代社会」は対話から生まれた(吉田 泰幸)
1.縄文住居復元と史跡公園
 1-1. 縄文時代の建物復元の方法と課題(高田 和徳)
 1-2. 考古学の多様性と縄文住居復元(ジョン・アートル)
 1-3. 対話:縄文住居復元と史跡公園
 1-4. 「縄文住居復元と史跡公園」をふりかえる(吉田 泰幸)
2.歴史復元画と考古学
 2-1. 縄文人はどのように描かれてきたのか(吉田 泰幸)
 2-2. 縄文人をどのように描いてきたのか(安芸 早穂子)
 2-3. なぜ「おしゃれ」な縄文人を描こうとしたのか(小山 修三)
 2-4. 対話:これから縄文人をどう描くのか
 2-5. 「歴史復元画と考古学」をふりかえる(吉田 泰幸)
3.現代「日本」考古学
 3-1. 現代日本の考古学、社会、アイデンティティ(溝口 孝司)
 3-2. 日本におけるパブリック・アーケオロジーを考える(岡村 勝行)
 3-3. 対話:現代「日本」考古学
 3-4. 「現代『日本』考古学」をふりかえる(吉田 泰幸)
4.多様性・持続可能性と考古学
 4-1. 食の多様性と文化の盛衰(羽生 淳子)
 4-2. ジェンダー教育と考古学(松本 直子)
 4-3. 対話:多様性・持続可能性と考古学
 4-4. 「多様性・持続可能性と考古学」をふりかえる(吉田 泰幸)
5.さよなら、まいぶん
 5-1. 文化遺産を機能化するNPOセクター(赤塚 次郎)
 5-2. もしドラッカーが日本の「まいぶん」の現状を眺めたら(岡安 光彦)
 5-3. 対話:さよなら、まいぶん
 5-4. 「さよなら、まいぶん」をふりかえる(吉田 泰幸)
6.ハイパー縄紋文化の難点
 6-1. 縄文と現代日本のイデオロギー(吉田 泰幸)
 6-2. 消費される縄紋文化(大塚 達朗)
 6-3. 対話:ハイパー縄紋文化の難点
 6-4. 「ハイパー縄紋文化の難点」をふりかえる(吉田 泰幸)
7.Reflections on Archaeology and Contemporary Society(ジョン・アートル)

2013年11月から2016年12月にかけて3年越しで5回開催された「文化資源学セミナー」の内容をまとめた冊子である。開催を告げる洗練されたデザインのチラシを目にして以来、注目していた研究集会の中心的な課題は「日本考古学批評」であり(序章:6-7.)、まさに第2考古学そのものと言える。
各回の発表要旨と共に会場での遣り取り、そして編者(吉田 泰幸氏)のまとめが付されている。何よりも執筆者ではなく、編者が読者にとって必要であろうと考えた箇所に補足的な脚注を付していることが本書のユニークさを際立たせている。

第1回のキーワードは"Obduracy"(変わりにくさ、変化に対する抵抗)である(46.)。「変わりにくさ」と言えば、前回の記事内容がそうであるし、さらに言えば「日本考古学」における第1考古学の繁栄ということ自体がまさにそうなのである。
復原(Restoration)と復元(Reconstruction)の違いに関する説明も重要である(同)。こうした概念整理が二つのAuthenticityであるGenuineness(真性)とVersimilitude(迫真性)の議論に繋がっていく。こうした問題意識は、本セミナーの「通奏低音」となっている。

「そこでここではできるだけ具体的な事例に引きつけつつ、頻繁に「/」(スラッシュ)や「:」(コロン)で区切られ対置されているキーワード群を読み解いていきたい」(吉田:139.)としてなされている編者による解説も、難解なことで知られる溝口ワールドを理解するうえで大きな助けとなる。

「「第2考古学」というブログで伊皿木蟻化(五十嵐彰)氏はセッションテーマと日本人参加者の関係を検討している。いわゆるWACらしいテーマ群、文化財返還問題や倫理問題、教育問題など社会問題や過去と考古学の関係を考えるセッションよりも、過去を明らかにする、つまり他の学会でも扱うテーマのセッションに日本人参加者が集中している傾向を指摘している。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)上で筆者の友達の友達であったからたまたま目に止まった、この点についてのより直接的な批判としては、「日本人の勘違い発表」というものがある。「勘違い発表」とは、WACの趣旨を理解していない、現代社会との関わりには無関心なナイーブな発表ということであろう。」(吉田:147-148.)

本ブログについても言及していただき有難いことである。

「日本版TAGは可能なのか。それを問う時にセミナーシリーズ第3回とWAC-8 Kyotoをふりかえると、筆者は悲観的にも楽観的にもなるが、完全に諦念の境地にいれば本セミナーシリーズを企画することもなかったし、本書を編むこともない。つまり、「現代『日本』考古学」には多くの人が漠然とした「危機」を感じて変化を希求している。」(同:149.)

こうした文章は、以下の文章とも共鳴している。

「前・中期旧石器時代遺跡捏造が発覚した直後に、東海大学で「現代考古学のパラダイム転換」と題した講演を行った。そのテープを起こした講演録が『東海史学』第35号(2000)に掲載されている。今読み返してみると、私の考える理論考古学がたいへんわかりやすく語られている。それだけに、当初、比較的軽く考えていた捏造問題によって、その後に考古学界は足をすくわれ、次第に「理論考古学」も浸透力を失っていったことに対する無念の思いもあり、五十嵐彰のブログ「第2の考古学」の記事に触発されるときなど、当時、「理論考古学」研究会の組織化やシンポジウム開催を視野に入れながらも、実践に移さなかったことを残念に思っている。」(安斎 正人2017「理論考古学とは何か」『理論考古学の実践 Ⅱ 実践編』:513.)

以下の文章は、緑川東問題を考える際の参考になるだろう。

「ではこれから何をするべきか、ということですが、学術研究としてはデータに基づいたしっかりとした研究をしていくべきだ、と思います。その上で、現代のジェンダーバイアスにとらわれない解釈をできるだけしていくということだと思います。」(松本 直子:181.)

「アメリカの学生を日本の博物館に連れて行くと、ほぼ確実に、男女の固定的な役割分担の展示について、「あの展示はなんなんだ」「おかしいじゃないか」といったコメントが出てきます。これが日本の場合だと、「おかしい」と言い出すのにも躊躇する、あるいは口に出すと変わっていると思われてしまうのが現状だと思います。これは男女平等という以前の問題です。ものの考え方、発想の自由さという社会科学の根幹から見て、論理的な説明ができない点がおかしいのであった、至急なんとかしなくてはいけない問題だと思います。」(羽生:186-187.)


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