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佐藤1989「植民地の「開発」は侵略の手段である」 [論文時評]

佐藤 正人1989「植民地の「開発」は侵略の手段である -”アジア侵略の理想とエネルギイの復権”を阻止するために-」『アジア問題研究所報』第4号:3-24.

「「いわゆる「王道楽土」は、欺瞞的なものであったと烙印をおされているが、そう簡単に見棄てられぬものがあったのではないか。結果として「満州国」は、中国側から言う「偽国」におわったが、その過程には、多くの理想とエネルギイが投入されたのだから、そのすべてを無益にしたくはない。当然、ある部分については復権を考えてみる必要がある」
「日本国民のかなりの部分が、植民地生活の体験をもっている。植民地でうまれた世代も成長している。彼らのそれ自体として自然な郷土喪失感(?)が、放置され、屈辱に押し込められている現状は、正常ではない」(「満州国研究の意義」、『週刊読書人』1963年10月21日号)。
中国東北部を侵略した日本人の「理想とエネルギイ」なるものの一部分を「復権」したいという恥知らずな妄言を、日本経済の高度成長が開始された時期にのべていたのは、当時「満州国研究会」という小グループ活動をやっていた竹内好という日本ナショナリストの一人である。」(3.)

良心的と信じ込んでいた知識人に対する幻想が吹き飛んだ瞬間である。
本論の論旨は、全て表題の一文に凝縮されている。
佐藤氏には、10年前のセミナーで発表していただいた。

「植民地侵略と植民地「開発」(あるいは植民地「近代化」)とは、けして別個の二つの「問題」ではない。植民地「開発」は、植民地侵略の手段なのである(「開発」が侵略そのものである場合もある)。植民地から人的・物的資源を奪うためには、帝国主義者は、植民地の鉱山を「開発」し、鉄道を建設し、銀行をつくり、行政機構を整備し、発電所をつくり、都市をつくり、農村を「近代化」しなければならない。また、植民地における鉄道建設、ダム建設、都市建設、等々は帝国主義本国の土建会社の手によって、植民地の民衆を酷使して行なわれる。植民地の「開発」のために多くの植民地の民衆が健康を奪われ、いのちを奪われる。そして、日本の土建会社は、成長していくのである。」(11-12.)

部分的な結果についてのみ評価するから、本質を見失った理解となる。いったい誰のための「開発」であり、誰のための「発掘調査」なのか、ということを常に問い続けなければならない。
被植民地住民のためになされる植民地政策などは、語義矛盾である。
植民地本国の学者によって植民地でなされる発掘調査、例えば朝鮮総督府による古蹟調査事業などが、植民地本国のためでなく、被植民地住民のためになされることも構造的に有り得ない。

「勿論、この時期における中国大陸での調査が、軍隊に守られてのものであることはいう迄もない。しかし、激しさを増す戦争のさなかで、雲崗石窟調査が奇妙な別世界を形造っていたのは何故であろうか。水野・長廣両先生をはじめ、お二人を助けて調査に参加された人々は皆、学問的に極めて重要であり、しかも芸術性にあふれ、そのうえ実に大規模である雲崗石窟の魅力に取りつかれ、ひたすら、その全貌を細部にいたるまで、徹底的に説き明かそうとする学問情熱をもって石窟調査に取組み、なにものをも私されなかったからではなかろうか。研究調査が同時に、世界的に貴重な文化史蹟の保存事業に結びついていたからこそ、この事業の正当性を誰に向かっても堂々と主張し、さらには戦後の困難な時期に、いちはやく出版にこぎつけることも可能となったのである。」(秋山 進午1994「長廣敏雄先生の歩まれた道」『考古学京都学派』雄山閣:165.)

「別世界」などと思っていたのは当人たちだけであり、彼らを取り巻く中国の人たちは決してそのようには考えていなかったことも明白である。
私利私欲に基づかないことをもって当時の先人の行為を正当化しようとする戦後精神の在り様を批判しなければならない。

「いかなる歴史的事実もそうなのだが、とくに日本人研究者が日本のアジア侵略史を解明しようとするときには、侵略という事実を総体的に把握しようとする姿勢をとり続けることが根本的に重要である。なぜなら、侵略という歴史的事実さえも、その断片を切りとるならば、切りとり方によっては、肯定しうるものとなるからである。日本侵略軍の「衛生隊」が侵入した山村で病気の子供を「無料施療」した場合、残虐な全行動から切り離して子供の「治療」という部分のみをみるならば、侵略軍の行動は肯定されうるであろう。歴史的事実の断片を切りとり、つなぎ合わせるならば、数限りない虚像をあたかも事実であるかのようにくみたてることが可能である。」(12-13.)

日本考古学に関わる人びとは、その専門が何であれ、日本の考古学者たちが侵略地から本国に持ち帰った<もの>をどのように扱うのか、そのことについてどのような態度を示すのか、我関せずと知らぬ存ぜぬを貫くのか、問われている。

「日本のアジア侵略を肯定する近現代史研究者の妄論が、撤回されずに維持され続けているのはなぜなのか。それは、①、誤った立場には徹底的に批判を加え、批判する過程で批判者も被批判者も共に学び合うという相互批判の作風が日本の研究者の間で極めて薄いためであり、②、十分な検討もなしに誤謬の一部または全部を追認する研究者がいるためである。」(21.)

「共に学び合う」という姿勢は、議論の勝ち負けに拘る精神とはかけ離れた位相にある。
若い人たちは、年配者たちの「妄論」を聞き流したり「そういう考えもありますねぇ」などと曖昧に同意してお茶をにごすのではなく、相手がどんなに高名な研究者であろうとも「それはおかしくないですか?」と自らの意見として的確に批判できなくてはならない。そのためにも、本論で論じられているような事柄を歴史に関わる者としての最低限の認識として身に着けて、どんな時でもどんな場でもすぐさま反論できるように常日頃、備えておく必要がある。そうした年下の者からの真摯な意見を受け止めることもできずに、機嫌を悪くするような人物は、それまでの人間と見限るしかないだろう。

「そうなのだ、同じ風景でも見る人の歴史的な経験によって、違ってみえるのだ。豊満ダム建設現場で殺害された同胞をおもう中国東北部の民衆の見る松花湖の風景は、岡部牧夫の見る松花湖の風景とは確実に違うのだ。たいせつなことは、この違うということを自覚することなのではないか。そして、違うということを自覚しつつ、なお、犠牲となった人びとの心に近づこうと私たちはつとめなければならないのではないか。
日本人は中国東北部でどれほど残虐非道なことをやったのか。その実体を総体として把握しようとしないで、「侵略と開発」などと言っている日本人研究者は、杉山正和が直感した違いを感じる力を喪失している。なぜか。自らの歴史的なあり方を自覚せず、自らの歴史的な責任をとろうとしていないからである。」(23.)

最終的には、それぞれの「こころ」の問題に行き着く。


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