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第10回 宣言記念日(日本考古学協会2015) [雑]

本ブログも一つの節目を迎えた。
10年の間には、いろいろなことがあった。
そんなことごとについても、ボチボチ回顧していく時期なのかも知れない。
10年経って、何が変わって、何が変わっていないのか。

「…その他の案件として田中和彦理事から文化財に関する諸問題検討会報告の発議があり、議長はこれを認め説明を求めた。田中理事から、一昨年の総会で会員から海外から日本に持ち込まれた文化財の問題について質問があり、文化財を広い視野で捉えて検討する「文化財に関する諸問題検討会」を立ち上げたことが報告された。」(日本考古学協会2015「一般社団法人日本考古学協会第81回(2015年度)総会(抄録)」『日本考古学協会会報』第185号:6.)

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水野1948『東亞考古學の發逹』 [全方位書評]

水野 清一 1948 『東亞考古學の發逹』古文化叢刊7、大八洲出版株式會社

「わが國の學者は明治以来敗戰のその日まで、終始東亞考古學のために力をつくしてきた。もちろん學者も、そのときどきの政情からまつたく超然たることはできない。そのためおほいに困難したときもあり、また反對に利便をうけたときもあつた。けれども、それらはしよせん、べつのことがらである。學術そのものとは、なんのかゝはりもない。わが國の學者たちは、概してさういふものからはなれ、純乎として學術の要請するところにしたがひ、まじめな努力をつゞけ、また公正な行動をとつてゐたやうにおもふ。たとへば、その古蹟を保存し、遺物の散佚をふせぐについても、つねに眞劍な努力がはらはれたことは、だれの眼にもあきらかなところである。いま四十年の足迹をかへりみて、先人のため、またわれわれみづからのためにひそかによろこぶものはこれである。學術こそは、いつのときにも明朗であり、公明でありうる。學術に國境がないといふ眞の意味もわかるやうにおもふ。」(157-158.)
 

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<もの>に取り憑かれている学問 [総論]

考古学ほど<もの>に取り憑かれている学問はない。

考古学をしている考古学者からして、<もの>に取り憑かれている。
食い入るようにあるいは舐めるように、土器や石器を見ている人を見たのも二度や三度ではない。
もちろん、人から見れば私もそうした人たちの一人であろう。
しかしここで述べようとしているのは、そうした人たちの生態についてではない。

土地を掘り起こし、地中に埋まっている<もの>たちを掘り出す。
掘り出された状態を記録し、掘り出した<もの>たちを記録する。
こうした行為(発掘調査)は、「報告書」と呼ばれている刊行物を出版すれば、ひとまず終了すると思われているが、実はそれで終了しないのが「取り憑かれている」所以である。

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