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赤星2015「旧石器時代初頭における石斧製作と移動生活の復元的研究」 [論文時評]

赤星 純平 2015 「旧石器時代初頭における石斧製作と移動生活の復元的研究」『駿台史学』第154号:147-182.

現在調査中のエリアからも「旧石器時代初頭における石斧」とされる資料が出土しているので、遅ればせながら読んでみたのだが……… 最初から最後まで分からないことだらけである。ここまで訳が分からない論文も珍しい。

国武1999「石材消費と石器製作、廃棄による遺跡の類別」という論文を読んで、その論文時評のようなもの(五十嵐2002「石器資料関係論」)を書き、エンゲルスの『反デューリング論』冒頭の一節を引用して本ブログで紹介したのが、もうかれこれ10年以上前のことである。
その時から、日本の旧石器研究は確実に劣化していることを確認した。

「では、正しく打製石斧が「石斧原形」で磨製石斧が「石斧完成品」であったかどうかを、石斧の平面形態、刃部角、打製石斧と磨製石斧の組成、遺存状態から検討していこう。」(161.)

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和田2016「続・多摩の敷石住居」 [論文時評]

和田 哲 2016 「続・多摩の敷石住居」『多摩考古』第46号、多摩考古学研究会:18-34.

「続・緑川東問題」である。 

「石棒の性格や祭祀のあり方に関する議論は多様で、長田友也氏は四本の石棒がSV1で使用された証拠はないとする。厳密にはその通りであろうが、通常の敷石住居とは考え難い特殊な遺構に埋置された石棒は、第一義的に本遺構と密接な関係を有すると捉えるべきと筆者は判断している。」(22.)

本論の発行日が2016年5月27日、五十嵐2016c「緑川東問題」が5月29日なので、当然のことながら両者共にお互いに言及することは叶わなかった。

筆者は、緑川東の本報告作成に関わられた研究者たちの中でも、微妙に立ち位置が異なるように思われる。
それは、SV1について「極めて祭祀性の強い敷石遺構」、「通常の敷石住居とは考え難い特殊な遺構」とその特殊性を繰り返し強調されているからである。
さらに和田氏はかねてより、SV1の主軸が他の敷石住居とは異なり、向郷・緑川東からは冬至の日没が富士山頂に沈むことも指摘されている(和田2004など)。

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「考古学研究史の新機軸」 [論文時評]

「考古学研究史の新機軸 -史資料は何を物語るか-」『考古学ジャーナル』第686号、2016年7月号

総論 歴史研究としての「考古学史」研究(星野 達雄):3-4.
政治史としての「考古学研究史」(星野 達雄):5-8.
社会経済史研究としての考古学史研究(森本 和男):9-12.
日本考古学史における近世と近代(平田 健):13-17.
「現地人」の視座(武井 則道):18-21.
世界考古学会議からみる「考古学史」(溝口 孝司):22-26.

通読して、第1論文から第5論文と第6論文との間に広がる隔たりといったものに思いを巡らさざるを得なかった。
それは、私がある特定の(すなわち偏った)視点でもって通読したからに他ならない。
すなわち日本の考古学の専門誌における特集として「考古学研究史」あるいは「考古学史」を採用した時に、「日本考古学」における文化財返還問題はどのように取り扱われるのか、言い換えれば「日本考古学研究史」あるいは「日本考古学史」において戦時期の半島・大陸における日本人考古学者の活動(すなわち侵略考古学)はどのように取り扱われているのか、という視点である。
こうした視点こそが、「新機軸」という言葉に相応しいのではないか。

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