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第8回 世界考古学会議(WAC-8 KYOTO)8.28-9.2 [研究集会]

開発・政治・ポスト植民地主義・倫理・比較・地域・教育・公共・理論・科学・宗教・相互交流・災害・芸術・戦争という15テーマに159のセッションが設定されて、そこに1477本の口頭発表が配置される。これらが29会場で4日間同時進行で発表される。そのほか132枚のポスター発表、7つのエクスカーション、記念集会、記念講演、総会、サテライト会場での展示など盛り沢山である。

設定された15種類のテーマの一つ「テーマ3:ポスト植民地経験、考古学の実践、そして先住民考古学」では、15のセッションが設定されて総計89本の発表が予定されている。
15セッションの内、セッション題に”Repatriation”(返還)の用語が採用されているのは8セッション、キーワードにあるのが1セッションである。
89本の発表の内、発表題ないしはキーワードに”Repatriation”(返還)の用語があるのは、以下の44本である。自らの発表分を除外すれば、43本。
4日間フルに聞いても、1日10本以上の発表を聞くことになる。
「返還」という単一テーマに絞ってもである。

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第11回 宣言記念日 [雑]

10年で一区切りをつけたつもりだったが、まだズルズル続いている。
そもそも本ブログは、10年前に大阪で開催されたWACの中間会議で発表する「遺跡問題」について、広く意見を求めるというのがスタートの大きな動機だった。
そのWACの様子を毎晩、梅田のインターネット・カフェから送信していたのが、文字通り10年ひと昔、今ではスマホで、はい、お仕舞いという時代である。感慨深い。

この時期は、いつも日本考古学協会の総会記録を掲載した『会報』が送られてくるので、どうしてもそれに関連した記事になってしまう。
今回の第188号では、2年振りに「常置委員会・特別委員会・小委員会委員名簿」が掲載されている(21・22頁)。

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朝鮮総督府1931・32『大正十三年度古蹟調査報告』 [考古誌批評]

朝鮮総督府1931・32『大正十三年度古蹟調査報告第一冊図版・本文』慶州金鈴塚飾履塚発掘調査報告(梅原 末治編1973『慶州金鈴塚飾履塚 -大正13年度古蹟調査報告-』国書刊行会として復刊)

1924年に調査した資料について、7年後に図版編、翌年に本文編が出版され、42年後に合冊となり復刊された。
85年前の日本人考古学者は、このような文章を書いていた。

「…いよいよ五月十日から作業に着手した。處が事実は豫想に反して、半壊と考へてゐた両古墳ともに、主要部をなす積石は地下に埋もれて殆んど全容を遺存し、人家の間にあつて其の採掘に多大の苦心を要するものがあり、中心に到達する二週間のうちに屡々歎聲を發せしめたが、而も普門里古墳の發掘に経験のある澤氏の土工上の剴切な處置が効を奏して、西古墳の深さ十尺を超へた地中から金冠塚で見たと同様な腰佩金具が見出され、ついで金冠、珠玉等を検出、更に無数の副葬品を獲ることゝなつて、其の労苦が十分に酬ひられ、引続いで東方の一基からも多数の遺物を発見して、両者の調査に四十餘日を費したとは云ひ乍ら、大正十年に於ける金冠塚と姉妹的な発見を遂げて、是等を学術上の見地から調査記録した事は、局に當つた者の永久に忘るべからざる快事として、兼てまた総督の期待に添ふものあるに哀心の愉悦を感じたところである。」(3-4.)

「朝鮮総督府嘱託」との肩書による梅原末治氏の文章である。
「哀心の愉悦」といった表現も今や死語であろう。

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御堂島2016「石器実験痕跡研究の構想」 [論文時評]

御堂島 正 2016 「石器実験痕跡研究の構想」 『歴史と文化』 小此木輝之先生古稀記念論文集、青史出版:103-120.

駿河台のM大から、西巣鴨のT大へ。
質の違いが、歴然としている。

「実験痕跡研究の枠組み」(五十嵐2001『考古学研究』47-4:76-89.)を提示してから15年、日本では数少ない「トラセオロジスト」から世界的な研究動向を踏まえた上で日本語としての用語・枠組み共に良く吟味・整備された「石器実験痕跡研究の構想」が提示された。
望むべくは、こうした内容の論文が私よりも若い研究者(30代せめて40代)から提出されることなのだが、それは高望みともいうべきか。
学問の進展・歩みというものを、目の当たりにする思いである。

「様々な実験により把握された人間行動・自然現象と痕跡との関係は、ブラインドテストによる検証が行われる必要がある。使用痕跡分析ではよく行われている(Keeley and Newcomer1977; Odell and Odell-Vereecken1980; Newcomer et al.1986; 御堂島1987など)が、石器石材の原産地推定(朽津・柴田1992)、や動物(魚介類)遺存体分析(Gobalet2001; Milner2001)、植物珪酸体分析(Pearsall et al.2003)、炭素年代測定(Olsen et al.2008)などでも行われている。ブラインドテストは、痕跡からどの程度正しく人間行動・自然現象が推定できるかという分析能力を評価するものであると同時に問題点を明らかにし、方法的改善を図るための強力な手段となる(Evans2014)。ただし、ブラインドテストは設定条件によって成績が大きく左右されるものであり、有意味な条件設定を行う必要があるが、少なくとも実験と同条件においては(高い確率で)正しく推定できなければ、把握された関係は単なる思い込みに過ぎないということになってしまう。」(107.)

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藤山2013「“利器としての剥片”から考えるために」 [論文時評]

藤山 龍造 2013 「“利器としての剥片”から考えるために -その認識に向けて-」『駿台史学』第147号:203-225.

前回記事(赤星2015)の背景を探るために遡って辿り着いた論考である。

「以上のように、ここでは無加工の剥片が主力になっている。それらは確然たる目的によって区別されることなく、むしろ極めて多様な作業に向けられている。また、はじめから規格性を希求しておらず、その時々の作業に見合った剥片が”道具”になるという点で、我々が思い描く石器群とは大きく論理を異にしているわけである。こうした石器群を”型の論理”で処理しようとすれば、その本質は十分に認識されないことになるだろう。
このことは歴史上の石器群を取り扱ううえで極めて示唆に富んでいる。先史時代の石器群では、あらかじめ幾つかの器種が作り分けられ、それぞれの目的ごとに使い分けられる。我々はこのようなモデルを描きがちだが、上記の事例は暗黙の前提を大きく揺るがすことになる。器種の区別が不鮮明であるばかりか、ときには加工自体が欠如していることは、今後の方向性を模索するうえで大きな問いを落としている。」(210.)

「落としている」とされる「大きな問い」とは、何だろうか?
 誰が、いつ、どのような問いを「落としている」のだろうか?
「思い描く」とか「描きがち」とされる「我々」に、私たちも含まれているのだろうか?
以下の一文を噛み締めるべきである。

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