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これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方に関するラウンドテーブル報告書(案) [総論]

北海道アイヌ協会・日本人類学会・日本考古学協会2016『これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方に関するラウンドテーブル報告書(案)』

「従来の研究者の取り組みには、開拓史観や適者生存・優勝劣敗的な古い社会進化論的発想が含まれ、植民地主義や同化政策の負の歴史につながるものが見られた。他者の文化を議論しているという意識が欠落し、アイヌの声を聞いてこなかった側面が多くあった。またアイヌへの研究成果の還元も十分なされてきたと言い難く、一部の研究においては、アイヌへの社会的偏見を助長する事例の存在を認めざるを得ない。
考古学では、アイヌの歴史を日本列島の一地方の問題として捉え、全国的な課題として、また隣接地域との関係から位置づける視点が欠け、人類学においてはアイヌが先住民であるか否か、アイヌと縄文時代人と関係があるかなどの研究が進んだが、両学会とも日本国における先住民族問題、民族差別問題との関わりを意識する視点が欠けていた。

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考古学的撞着論法 [総論]

世に「考古学的撞着論法」(archaeological oxymoron)なるものが存在する。

【経緯】
当初は一般的な敷石住居(SI)として調査していたが、結果として炉の不在および大形石棒の存在を理由として特殊な敷石遺構(SV)に改められた。
「確認当初は、竪穴構造の住居跡(SI1)と認識した。その後、調査の過程で石積みの壁を有し、床に一部敷石をもつことが確認された。しかし完掘時において炉址が検出されず、また床面上に大型石棒が並置されていたことから、遺構種別を住居から敷石遺構(SV1)に変更した。」(12.L)

【論点】
廃絶時説の大前提は、大形石棒が並置されて「SV」とされる以前は「SI」であった、すなわち一般的な住居(SI)を再利用して特殊な遺構(SV)に改変したというものである。
「実態としては、残存するSV1の内外観等にもとづき施設の主軸に合わせて石棒を並べたと考えるのが妥当と思われる。」(131.R)

自らが否定した存在を、今度は自らが証明しなければならない訳である。

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石棒研究にジェンダー視点を! [総論]

先週12月2日(金)に「緑川東問題」と題して、所内で発表した。来年開催予定の公開討論会の予行演習という位置づけである。

「大型石棒の儀礼行為としては、樹立使用が指摘できよう。石棒を樹立させていた痕跡と考えられる石棒自体の変色や、胴部上半のみを据えた堂ノ上遺跡例など論拠となる事例は少ないが、大型石棒を「樹立」させる行為は存在したものと推測したい。しかしいずれの事例も樹立したままの状態ではなく、本来樹立していたであろう遺構から抜き取られ、廃棄されたもの、あるいは折損後に素材として再利用されたものである点を踏まえる必要があろう。」(長田 友也2008「大型石棒にみる儀礼行為」『考古学ジャーナル』第578号:11.)

なぜ「大形石棒」についてのみ、「樹立」に拘っているのだろうか?
なぜ「推測したい」といったような自らの願望が述べられてしまうのだろうか?
もっと直截に言えば、実は「樹立させたい」ということなのではないのか?

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考古学的判断の妥当性をめぐって [総論]

『東京の遺跡』第106号(2016年10月10日発行)の「編集余白メモ」という欄に、「考古学的判断の妥当性とは -「緑川東問題」という問題提起への応答-」(黒尾和久)と題する短文が掲載されている。
もとより編集者が紙面の余ったスペースにメモ書き程度の事柄を記したという性格なのだが、なかなかに看過し難い内容を含んでいる。

「状況証拠に照らした「SV1廃棄時設置」の蓋然性の高さは、報告にしっかり目を通せば理解してもらえると信じているし、…」

これでは、「SV1廃棄時設置」に異論を唱えている私は、まるで「報告にしっかり目を通」していないかのようである。

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「日本考古学」という地域考古学 [総論]

前々回の記事「世界の中の「日本考古学」(続:WAC-8 全体分析)」を巡るコメントのやり取りを通じて「「日本考古学」は地域考古学である」という偉大なる?真理に到達したので、今回はそうしたことにも関連する文章を、隣接学問の著書から少々引用しよう。

個別と一般/地質学につきまとう地域
先に、プラトンのことを書きました。彼は具体的事象・現象の影に隠れた真理「イデア」を探せといったのでした。それは2000年のときを超えて、デカルトの「個別と共通的本性」などという言葉として繰り返されました。それは地質学・地球科学の言葉で言えば、「地域と地球一般」となります。
たとえば、「四国とはどんなところか?」を考えると同時に、「四国は地球を考える上でどんな意味を持つのか?」も考えよということです。

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大勢順応主義 [総論]

今から3年前のこと、ある学会の総会会場に入ろうとした時に、旧知の学会理事から話しかけられた。
その学会の理事会宛に文化財返還問題に関する要望書を提出した時のことである。

「理事会では「イガラシ問題」って言われているよ。」
「はぁ~」

そんなことを思い出した、ある新聞に掲載されていたインタビュー記事の一部である。

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タグ:研究姿勢
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<もの>に取り憑かれている学問 [総論]

考古学ほど<もの>に取り憑かれている学問はない。

考古学をしている考古学者からして、<もの>に取り憑かれている。
食い入るようにあるいは舐めるように、土器や石器を見ている人を見たのも二度や三度ではない。
もちろん、人から見れば私もそうした人たちの一人であろう。
しかしここで述べようとしているのは、そうした人たちの生態についてではない。

土地を掘り起こし、地中に埋まっている<もの>たちを掘り出す。
掘り出された状態を記録し、掘り出した<もの>たちを記録する。
こうした行為(発掘調査)は、「報告書」と呼ばれている刊行物を出版すれば、ひとまず終了すると思われているが、実はそれで終了しないのが「取り憑かれている」所以である。

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返還 (repatriation) [総論]

「議案第246号 「大学が保管するアイヌ遺骨の返還に向けた手続き等に関する調査研究」について
佐藤理事から、①文部科学省学術機関課より、大学が保管するアイヌ遺骨の返還に向けた手続き等において、副葬品を含むアイヌ遺骨の発掘・調査研究・保管に関係する学会の一つとして、意見交換を求められていることが説明され、担当として佐藤理事・大谷理事を選出し、承認した。②政府の「アイヌ政策推進会議」から、「大学等が所蔵する個人が特定されていないアイヌ人骨と副葬品」を集約し慰霊の場とする「民族共生の象徴となる空間(象徴空間)」の北海道白老町への建設について、作業部会への出席、並びに考古学からみたアイヌ遺骨の返還管理について意見を要請されていることが説明され、意見表明案が提示された。審議の結果、原案の内容で、語句等を一部修正の上、意見表明することを承認した。」(日本考古学協会 2015年1月理事会議事録『日本考古学協会会報』No.184:31.)

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縄紋環状列石 工区分担説 [総論]

「大湯のストーンサークルは整然とした円ではなく、あちこちにでこぼこ、太細していて、輪がきれいに線上に並ばずゴツゴツとした節々があります。
どうも彼らは一つや二つのグループではなく何十というグループがやってきてそこに石を並べていくのです。働き盛りの人が大勢いる集団はたくさん運んできて担当する工区の石列を太らせ、働き手がぎりぎりの集団であっても参加して仲間に入りますが、彼らが担当したところは一列でもまともにつながらないようなまばらな石の並べ方で終始しなければいけなかった、そういう事情を表しているのです。
また後から仲間に入りたいといってきても、すでに工区が決まっていてはじき出される。駄目だ、お前たちもう遅いよとなると、ここの場所を俺たちにやらせてと、輪から直線的に、石を並べていくのです。それも続いていたり飛び飛びだったり、サークルから突き出た切れ切れの線状のものも、工区を確保しても一列にならない程度にしか工事をやれない、働き手が少ない、時間の足りない人たちがいたことをよく示しています。」(小林 達雄2015「縄文時代」『日本発掘! -ここまでわかった日本の歴史-』朝日新聞社:67.)

縄紋時代の環状列石(ストーンサークル)は異なる複数集団によって担当する「工区」を区分して構築されたとする「複数集団工区分担説」である。
その根拠は、環状列石が「整然とした円ではなく、あちこちにでこぼこ、太細していて、輪がきれいに並ばずゴツゴツした節々」があることである。
しかし、こうした考古学的な事象から導きだされる説明として、「工区分担説」だけが唯一の仮説、すなわち「ここまでわかった」と言い得るだろうか?

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自文引用 [総論]

前回の記事[2015-02-18]では、書評対象である松田 陽2014『実験パブリックアーケオロジー』から、以下の文章を引用した。

「このポストプロセス考古学に影響を与えたのが、1980年代以降のイデオロギーの弱体化、文化相対主義の広がり、ポスト植民地主義の台頭などの世界的潮流を背景にさまざまな地域にて表面化した「過去をめぐる政治問題(politics of the past)」である(Ucko 1990)。パブリックアーケオロジーにとってとりわけ影響が大きかったのは、各地域の先住民族、またいわゆる二世三世を含めた移民たちが自分たちの過去の社会的認知を求めて展開した運動、さらには、民族・宗教紛争が続く地域にてしばしば見られた文化財破壊行為と、それに対する賛否を問う白熱した議論であった。こうした情勢の中、考古学が政治とは無縁な学究的営みである、あるいはそうあるべきだ、という主張が通用しにくくなり、ついには、そのような主張自体が社会的に無責任であるという声も上がるようになった。このようにして、考古学がどのように社会や政治システムと向き合っていくべきなのかということが根底から考え直されるようになった。」(松田2014:11-12.)

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