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考古学的判断の妥当性をめぐって [総論]

『東京の遺跡』第106号(2016年10月10日発行)の「編集余白メモ」という欄に、「考古学的判断の妥当性とは -「緑川東問題」という問題提起への応答-」(黒尾和久)と題する短文が掲載されている。
もとより編集者が紙面の余ったスペースにメモ書き程度の事柄を記したという性格なのだが、なかなかに看過し難い内容を含んでいる。

「状況証拠に照らした「SV1廃棄時設置」の蓋然性の高さは、報告にしっかり目を通せば理解してもらえると信じているし、…」

これでは、「SV1廃棄時設置」に異論を唱えている私は、まるで「報告にしっかり目を通」していないかのようである。

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「日本考古学」という地域考古学 [総論]

前々回の記事「世界の中の「日本考古学」(続:WAC-8 全体分析)」を巡るコメントのやり取りを通じて「「日本考古学」は地域考古学である」という偉大なる?真理に到達したので、今回はそうしたことにも関連する文章を、隣接学問の著書から少々引用しよう。

個別と一般/地質学につきまとう地域
先に、プラトンのことを書きました。彼は具体的事象・現象の影に隠れた真理「イデア」を探せといったのでした。それは2000年のときを超えて、デカルトの「個別と共通的本性」などという言葉として繰り返されました。それは地質学・地球科学の言葉で言えば、「地域と地球一般」となります。
たとえば、「四国とはどんなところか?」を考えると同時に、「四国は地球を考える上でどんな意味を持つのか?」も考えよということです。

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大勢順応主義 [総論]

今から3年前のこと、ある学会の総会会場に入ろうとした時に、旧知の学会理事から話しかけられた。
その学会の理事会宛に文化財返還問題に関する要望書を提出した時のことである。

「理事会では「イガラシ問題」って言われているよ。」
「はぁ~」

そんなことを思い出した、ある新聞に掲載されていたインタビュー記事の一部である。

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タグ:研究姿勢
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<もの>に取り憑かれている学問 [総論]

考古学ほど<もの>に取り憑かれている学問はない。

考古学をしている考古学者からして、<もの>に取り憑かれている。
食い入るようにあるいは舐めるように、土器や石器を見ている人を見たのも二度や三度ではない。
もちろん、人から見れば私もそうした人たちの一人であろう。
しかしここで述べようとしているのは、そうした人たちの生態についてではない。

土地を掘り起こし、地中に埋まっている<もの>たちを掘り出す。
掘り出された状態を記録し、掘り出した<もの>たちを記録する。
こうした行為(発掘調査)は、「報告書」と呼ばれている刊行物を出版すれば、ひとまず終了すると思われているが、実はそれで終了しないのが「取り憑かれている」所以である。

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返還 (repatriation) [総論]

「議案第246号 「大学が保管するアイヌ遺骨の返還に向けた手続き等に関する調査研究」について
佐藤理事から、①文部科学省学術機関課より、大学が保管するアイヌ遺骨の返還に向けた手続き等において、副葬品を含むアイヌ遺骨の発掘・調査研究・保管に関係する学会の一つとして、意見交換を求められていることが説明され、担当として佐藤理事・大谷理事を選出し、承認した。②政府の「アイヌ政策推進会議」から、「大学等が所蔵する個人が特定されていないアイヌ人骨と副葬品」を集約し慰霊の場とする「民族共生の象徴となる空間(象徴空間)」の北海道白老町への建設について、作業部会への出席、並びに考古学からみたアイヌ遺骨の返還管理について意見を要請されていることが説明され、意見表明案が提示された。審議の結果、原案の内容で、語句等を一部修正の上、意見表明することを承認した。」(日本考古学協会 2015年1月理事会議事録『日本考古学協会会報』No.184:31.)

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縄紋環状列石 工区分担説 [総論]

「大湯のストーンサークルは整然とした円ではなく、あちこちにでこぼこ、太細していて、輪がきれいに線上に並ばずゴツゴツとした節々があります。
どうも彼らは一つや二つのグループではなく何十というグループがやってきてそこに石を並べていくのです。働き盛りの人が大勢いる集団はたくさん運んできて担当する工区の石列を太らせ、働き手がぎりぎりの集団であっても参加して仲間に入りますが、彼らが担当したところは一列でもまともにつながらないようなまばらな石の並べ方で終始しなければいけなかった、そういう事情を表しているのです。
また後から仲間に入りたいといってきても、すでに工区が決まっていてはじき出される。駄目だ、お前たちもう遅いよとなると、ここの場所を俺たちにやらせてと、輪から直線的に、石を並べていくのです。それも続いていたり飛び飛びだったり、サークルから突き出た切れ切れの線状のものも、工区を確保しても一列にならない程度にしか工事をやれない、働き手が少ない、時間の足りない人たちがいたことをよく示しています。」(小林 達雄2015「縄文時代」『日本発掘! -ここまでわかった日本の歴史-』朝日新聞社:67.)

縄紋時代の環状列石(ストーンサークル)は異なる複数集団によって担当する「工区」を区分して構築されたとする「複数集団工区分担説」である。
その根拠は、環状列石が「整然とした円ではなく、あちこちにでこぼこ、太細していて、輪がきれいに並ばずゴツゴツした節々」があることである。
しかし、こうした考古学的な事象から導きだされる説明として、「工区分担説」だけが唯一の仮説、すなわち「ここまでわかった」と言い得るだろうか?

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自文引用 [総論]

前回の記事[2015-02-18]では、書評対象である松田 陽2014『実験パブリックアーケオロジー』から、以下の文章を引用した。

「このポストプロセス考古学に影響を与えたのが、1980年代以降のイデオロギーの弱体化、文化相対主義の広がり、ポスト植民地主義の台頭などの世界的潮流を背景にさまざまな地域にて表面化した「過去をめぐる政治問題(politics of the past)」である(Ucko 1990)。パブリックアーケオロジーにとってとりわけ影響が大きかったのは、各地域の先住民族、またいわゆる二世三世を含めた移民たちが自分たちの過去の社会的認知を求めて展開した運動、さらには、民族・宗教紛争が続く地域にてしばしば見られた文化財破壊行為と、それに対する賛否を問う白熱した議論であった。こうした情勢の中、考古学が政治とは無縁な学究的営みである、あるいはそうあるべきだ、という主張が通用しにくくなり、ついには、そのような主張自体が社会的に無責任であるという声も上がるようになった。このようにして、考古学がどのように社会や政治システムと向き合っていくべきなのかということが根底から考え直されるようになった。」(松田2014:11-12.)

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何を、どのように、議論するのか? [総論]

「「学生討論会」の議論ではディスカッション形式を採用した。これはまだ多くの人がディベート形式になじみが薄いため、まずは「議論するという試み」のきっかけになればと考えたからである。そして議論するテーマは「文化的観光を推進することによって考古遺跡に生じる問題について」とした。これは議論のテーマを、参加者の知識の多寡に影響される考古学の研究内容になるのを避け、さらにWACなどでよく議論されるパブリック考古学的なものにしたいと考えたからである。」(上月・五木田・北川・山下・石村2014「さあ議論を始めよう -考古学研究会第60回総会・研究集会「学生討論会」の報告と展望-」『考古学研究』61-3:1.)

ある主題について論じるときに、その主題が現在までにどのように論じられたのかということを踏まえるのは議論に参加する者の務めであり、そこがないがしろにされた議論というのは以前に論じられてきた論点を肯定するにせよ否定するにせよ、議論の論点が停滞ないしは後退したものとなる可能性が高い。
それは「参加者の知識の多寡」というより、参加者の意識の在り様というべきものである。
「文化的観光を推進することによって考古遺跡に生じる問題について」論じる場合にも、踏まえておくべき過去になされた議論というのがあるのではないか。

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実見絶対主義 [総論]

ある人は、ある資料を基にした考古学論文を書く時、あるいはある資料に基づいた考古学論文を批判する時には、その論の基となった出土資料を必ず見なくてはならない、と主張する。
資料が収蔵されている場所に赴くことなく執筆された論文あるいは批判は論外であり、認められない、という。
「考古学の基本はモノを見ることだ。何かを言うのなら、まずモノを見てから言え。」
こうした考え方を、「実見絶対主義」という。

もちろんある資料について論じる時、その資料を実際に見るに越したことはない。
このことについては、あらゆる人、全ての人が賛同されるだろう。
実際に見なければ論じられないことも、沢山あるだろう。
見れば見るほど詳細に分かること、ということもあるだろう。
しかし、あらゆる場合に、あらゆる人に実際に資料を見ること(実見)を求める、見る事なく記された論は無条件に却下するというのはどうだろうか。

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2013WAC-7(3):返還そして対馬仏像問題 [総論]

セッション2.1F:返還-さらに先へ
2013年1月15日(木)午前8時~10時30分
セッション議長:アンバー・K・アラヌイ(ニュージーランド・テ・パパ・トンガレワ博物館)

セッション要旨
返還問題は、先住民社会だけではなく、祖先の遺物および文化的に重要な品々を彼らの共同体に返還するように合意している国々や諸組織についても、ここ10年で驚くべき進展を見せている。こうした問題については今だに多くの議論が交わされているが、対話に着手して文化的障壁を克服して共同作業を行なうことが、今や現実のものとなりつつある。本セッションに参加した者たちは、こうした諸問題を身近に経験しており、先住民的な視点からだけではなく、返還を経験した様々な話題を提供する組織的な視点から語られる。

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