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「返還考古学」という新しい枠組みへ [拙文自評]

五十嵐2017b「「返還考古学」という新しい枠組みへ -第8回世界考古学会議で考えたこと-」『韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議年報2017』第6号:9-13.

本稿は、2016828日から92日にかけて京都・同志社大学今出川キャンパスで開催された第8回世界考古学会議(WAC8)において文化財返還問題がどのように論じられたのかについて述べるものである。2016831日から921日にかけて発表した拙ブログの各記事(第2考古学)20161010日発行の『東京の遺跡』第106号(東京考古談話会)所収の「WAC-8が浮かび上がらせた世界の中の「日本考古学」」(106-34)と題する短文、2017128日に北海道大学アイヌ・先住民研究センターで開催された先住民考古学ワーキンググループ2016年度第1回ワークショップにおいて「返還問題から見る先住民考古学の位相 -返還考古学という視座-」と題して行なった口頭発表を基にしている。」(9.)

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WAC-8が浮かび上がらせた世界の中の「日本考古学」 [拙文自評]

五十嵐 2016e 「WAC-8が浮かび上がらせた世界の中の「日本考古学」」『東京の遺跡』第106号、3-4.

「また研究発表のあり方についても、強い印象を受けた。もちろん各研究者の発表を聞くのが主眼なのだが、イメージとして発表はあくまでも議論の材料に過ぎず、より重視されているのは発表後の発表者と聞き手の間でなされる議論のように思われた。あらかじめコメントを述べる人が決められており、当たり障りのない質問がなされて無事?に終了するのが一般的な「日本考古学」との大きな違いである。」(4.)

こうした議論に参入するには、英語力はもとより、研究というものに対する心構え、研究姿勢というものから鍛え直さなければならないだろう。
トレーニングとしてのディベートというスキルが決定的に欠けているお国柄で教育を受けた者は、自らが意識的に身に付けていかなければならない。

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タグ:WAC

五十嵐2016c「緑川東問題」 [拙文自評]

五十嵐 2016c 「緑川東問題 -考古学的解釈の妥当性について-」『東京考古』第34号、東京考古談話会:1-17.

「2012年6月30日、多摩川中流域左岸からおよそ500mの青柳段丘面に位置する緑川東遺跡第27地点の「敷石遺構SV1」と名付けられた遺構の中央部から、4本の大形石棒が並んだ状態で確認された。
この発見は「これまでの石棒研究の「常識」を覆す」(清水2013d:101.)と評されたが、私もこうした事例は単に石棒研究に限られない「前代未聞」「百年に一度の大発見」と考える。だからこそ緑川東遺跡の4本の大形石棒をどのように評価し、その意味についてどのように解釈するのかという点について、様々な立場から多様な議論がなされることを望んでいる。本論は、そうした問題提起を目的とする一つの試論である。」(1.)

これからは、「6月30日」を「石棒の日」として提唱したいくらいである。
『東京考古』に投稿したのは、17年前の「旧石器資料報告の現状」(五十嵐1999『東京考古』第17号)以来である。
事ここに至るには、それなりの経緯があった。

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五十嵐2016b「<場>と<もの>の考古時間」 [拙文自評]

五十嵐 2016b 「<場>と<もの>の考古時間 -第2考古学的集落論-」『考古学の地平 Ⅰ-縄文社会を集落から読み解く-』小林 謙一・黒尾 和久・中山 真治・山本 典幸編、六一書房:117-128.

① 住居跡時間(遺構製作時間)を推定する信頼度は、土器型式(遺物製作時間)の出土状況(部材か覆土かといった遺物廃棄時間)で異なる。
② 同じ出土状況を示す接合資料についても、含まれた<場>の条件によって埋没に至る経緯や経過時間に関する解釈が変容する。
③ 同一遺構において異なる遺物型式が共存した場合の解釈は、遺物時間を優先して遺構時間を引き延ばすか、遺構時間を優先して古い遺物時間を引き延ばすかになる。
④ 累重関係は遺物廃棄時間が相対的に確定できるのに対して、面中関係は部材の相互関係のみでは遺構に組み込まれた相互関係を確定できない。

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五十嵐2016a「動向の動向」 [拙文自評]

五十嵐 2016a 「動向の動向 -「日本考古学」の枠組み-」『東邦考古』第40号、山岸良二先生退職記念号、東邦考古学研究会:208-216.

慣例に従い奥付に記された発行年月日の早い順に紹介する。実際は、本論が最新作なのだが。
本論の基本的な部分については、10年前の2006年6月に集中的に本ブログで公開した記事に基づいている。
そうした意味では、旧作なのだが。10年越しの課題をようやく果たし終えた、ということになる。

1.はじめに
2.動向の変遷
3.項目の欠落
4.時期区分
5.地域項目の細分化
6.内国への自閉化
7.北と南
8.おわりに

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五十嵐2015b「石器製作実験と私」 [拙文自評]

五十嵐 彰2015b「石器製作実験と私 -1983年の実験が導いた世界について-」『慶應義塾大学考古学研究会創立50周年記念誌』慶應義塾大学考古学研究会:33-34.

30年以上前の「思い出」とそれ以来の軌跡を記した小文である。

「ただ「こんなのが出来ました、すごいね~」といった「体験 experience」で終わらない、次の研究へのステップとなるような「実験 experiment」とするにはどうしたらいいかということを考えていた。その結果、動態としての人間行動と静態としての物質痕跡を結び付けるミドルレンジ研究としての「実験痕跡研究」という枠組みが欠かせない、という結論に至った(五十嵐2001「実験痕跡研究の枠組み」『考古学研究』47-4)。ただしこうした認識は、研究グループ諸氏の理解を得ることができず、個人として発表せざるを得なかった。」(34.)

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ドイツ・シュピーゲル誌記事から文化財返還問題について考える [拙文自評]

五十嵐 2015a 「ドイツ・シュピーゲル誌記事から文化財返還問題について考える」『韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議年報』第4号:9-10.

昨年12月に配信されたドイツ・シュピーゲル誌の「疑わしい由来、盗まれた遺物を返すように博物館に対して高まる圧力(Dubious Provenance: Pressure Grows for Museums to Return Stolen Objects)」という署名記事を紹介した。
また日本の新聞で紹介されていた「認証ゴールド」(ある基準に従って金を取り扱う企業に認証を与えることで、その金商品が金の生産地での自然環境や労働者に配慮したものであるかどうかを購買者が判断できるようにしたもの)について、あるいは「エシカル」という概念について記した。

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五十嵐2014b「書評 小野勝年・日比野丈夫『陽高古城堡』」 [拙文自評]

五十嵐2014b「書評 小野勝年・日比野丈夫『陽高古城堡 -中国山西省陽高県古城堡漢墓-』東方考古学叢刊 乙種第八冊、六興出版(1990年7月)」『韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議年報』第3号:12-15.

「1942年に発掘された調査資料が、48年後に報告された。報告書の刊行を告げる文章が述べるように、調査から「半世紀を経て」刊行された「画期的な報告書」である。そこに至るには、様々な事情と関係者の思いが込められていることだろう。こうした意味で、本書は考えるべき事柄を多く孕んでいる。」(12.)

拙ブログ「日比野・水野1943『蒙彊に於ける最近の考古学的発見』」【2014-02-12】および「小野・日比野1990『陽高古城堡』」【2014-02-19】を元にした文章である。

「焦点は発掘調査そのものではなく、調査前(調査の動機や目的)と調査後(出土した資料の取り扱い)に関する報告者の認識である。」(12.)

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五十嵐2014a「石器的な<もの>と土器的な<もの>」 [拙文自評]

五十嵐 2014a 「石器的な<もの>と土器的な<もの> -相互性と特質-」
           『東京都埋蔵文化財センター 研究論集』第28号:1-12.

「考古学における土器は言語であり、石器は音楽である。」
杉原荘介1965「先土器時代の日本」『日本の考古学 1 先土器時代』:16頁.

「石器は音楽であり、土器は言語であるとは、どのような意味なのだろうか?
こうしたことが述べられてから既に半世紀になろうとしているが、未だに疑問は解かれていない。代表的な考古資料である両者を比較検討することで、見えてくるものがあるに違いない。」(2.) 

半世紀前に記された謎めいた文章。
学生時代に一読して以来、心に引っ掛かっていた「意味深」なフレーズ。
その謎を解こうと試みた「日本考古学」初の試み!
果たして、その結果は?

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五十嵐2013c「遺構と遺物の狭間」 [拙文自評]

五十嵐 彰 2013c 「遺構と遺物の狭間 -考古二項定理批判-」『日本考古学』第35号:113-125.

一言で表現すれば「大それた」(audaciousな)論文である。
何故か?
濱田耕作をはじめ、八幡一郎、チャイルド、大井晴男、森浩一、近藤義郎、横山浩一、坂詰秀一、田中琢、小野山節、鈴木公雄、斉藤忠、佐原真、泉森皎、山中敏史(以上敬称略)など並居る先人たちが形成してきた、そして私たちがその存立を微塵も疑うことの無い「二項定理」という考古学的常識へのアンチ・テーゼの提出だからである。

「遺構/遺物の定義として不動産/動産という性格規定が与えられ、遺構+遺物=遺跡という考古学的な二項定理が一般的な了解事項として受容されている。こうした二項定理を維持するために、構造物を構成する部材について、製作・使用の状態を保っていれば遺構の一部とし、遊離した状態であれば遺物とする「状態変容論」が提起されている。」(113.)

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