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ましこ2017『コロニアルな列島ニッポン』 [全方位書評]

ましこ ひでのり 2017 『コロニアルな列島ニッポン -オキナワ/オホーツク/オガサワラがてらしだす植民地主義-』三元社

いろいろな意味で、極めて重要な書籍である。そしてその緊急性もまた高いというべきであろう。

「本書の含意は単純明快です。「日本は戦後一貫して植民地であり、かつ植民地を全部放棄したわけではないという意味で、二重に植民地性をおびた空間だ」と。さらに、その基盤として、「日本」という実体(=時間上/空間上の連続体)が共同幻想にすぎず、たとえばヤマト王権の成立起源を確定するといった作業自体無意味という世界史的普遍性があると。当然、その内実(生活者/政治経済文化)はもとより、境界線自体が変動しつづけてきたわけで、いかなる実体視も科学をよそおっただけの本質主義=ガラパゴス的なイデオロギーにおちいるわけです。」(156-157.)

私から見れば、至極当然な真っ当な意見なのだが。
二重の意味でコロニアルな時空間において「ポストコロニアル」を唱える困難さを思い知る。

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タグ:植民地
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吉田、アートル編2017『考古学と現代社会』 [全方位書評]

吉田 泰幸、ジョン・アートル 編 2017 『文化資源学セミナー「考古学と現代社会」2013-2016』(Japanese Archaeological Dialogus)金沢大学 人間社会研究域付属 国際文化資源学研究センター(CCRS)

今年の総会@大正大学は、本書をゲットするのが大きな目的だった。何せ「タダ」だというのだから、内容は値段に相関しないという典型的な事例である。

序章 セミナーシリーズ「考古学と現代社会」は対話から生まれた(吉田 泰幸)
1.縄文住居復元と史跡公園
 1-1. 縄文時代の建物復元の方法と課題(高田 和徳)
 1-2. 考古学の多様性と縄文住居復元(ジョン・アートル)
 1-3. 対話:縄文住居復元と史跡公園
 1-4. 「縄文住居復元と史跡公園」をふりかえる(吉田 泰幸)
2.歴史復元画と考古学
 2-1. 縄文人はどのように描かれてきたのか(吉田 泰幸)
 2-2. 縄文人をどのように描いてきたのか(安芸 早穂子)
 2-3. なぜ「おしゃれ」な縄文人を描こうとしたのか(小山 修三)
 2-4. 対話:これから縄文人をどう描くのか
 2-5. 「歴史復元画と考古学」をふりかえる(吉田 泰幸)
3.現代「日本」考古学
 3-1. 現代日本の考古学、社会、アイデンティティ(溝口 孝司)
 3-2. 日本におけるパブリック・アーケオロジーを考える(岡村 勝行)
 3-3. 対話:現代「日本」考古学
 3-4. 「現代『日本』考古学」をふりかえる(吉田 泰幸)
4.多様性・持続可能性と考古学
 4-1. 食の多様性と文化の盛衰(羽生 淳子)
 4-2. ジェンダー教育と考古学(松本 直子)
 4-3. 対話:多様性・持続可能性と考古学
 4-4. 「多様性・持続可能性と考古学」をふりかえる(吉田 泰幸)
5.さよなら、まいぶん
 5-1. 文化遺産を機能化するNPOセクター(赤塚 次郎)
 5-2. もしドラッカーが日本の「まいぶん」の現状を眺めたら(岡安 光彦)
 5-3. 対話:さよなら、まいぶん
 5-4. 「さよなら、まいぶん」をふりかえる(吉田 泰幸)
6.ハイパー縄紋文化の難点
 6-1. 縄文と現代日本のイデオロギー(吉田 泰幸)
 6-2. 消費される縄紋文化(大塚 達朗)
 6-3. 対話:ハイパー縄紋文化の難点
 6-4. 「ハイパー縄紋文化の難点」をふりかえる(吉田 泰幸)
7.Reflections on Archaeology and Contemporary Society(ジョン・アートル)

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安蒜2017『日本旧石器時代の起源と系譜』 [全方位書評]

安蒜 政雄 2017 『日本旧石器時代の起源と系譜』雄山閣

「だとすれば、旧石器時代人が移動していたことを示す、はっきりとした証拠があるはずだ。そして、日本で開発された石器群の個体別資料分析法が、確かな移動の裏付けをとった。」
「このように、同じ原石から打ち割り打ち欠かれたものどうしは、必ず過不足なく元の状態に接合するという、同一原石の接合原則を利用して、遺跡から出土する全石器(石器群)を原石ごとに区分して観察する方法を、個体別資料分析法という。1974年に、著者が考案した石器の研究法である(安蒜1974)。」(120.)

「確かな移動の裏付けをとった」とされる「著者が考案した」「個体別資料分析法」の現在2017年の説明と定義だが、果たしてこれで十分と言えるだろうか。「個体別資料分析法」は単に「原石ごとに区分して観察する」だけの方法なのだろうか? 9年前には、著者自ら「個体別資料」の同時性について「確固とした方法論を欠いている」と述べていたのだが(安蒜2008「総評」『後期旧石器時代の成立と古環境復元』(比田井ほか編2008:204.)
それにしても「接合原則」とは、いったいどのような「原則」なのだろうか? 打ち欠かれたものは接合するという「原則」なのか? それとも異なる原石から打ち欠かれたものは接合しないという「原則」なのか?

「ところでブロックはイエの跡であった。したがって、環状ブロック群は、イエが円を描くようにして建ち並ぶムラの跡でもある。それを、環状のムラと呼ぶ(安蒜1990)。この環状のムラこそ、旧移住民が最初に構えた、日本列島最古のムラの姿であった。」(160.)

3年前に紹介した「イエとムラ」仮説の起源である。

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ジョンソン2017『入門 考古学の理論』 [全方位書評]

マシュー・ジョンソン(中島 庄一訳)2017『入門 考古学の理論』第一企画(Matthew Johnson 2010 ARCHAEOLOGICAL THEORY: An Introduction. 2nd Edition, John Wiley & Sons Ltd.)


序 理論の抱える矛盾
第1章 常識だけでは通用しない
第2章 ニューアーケオロジー
第3章 科学としての考古学
第4章 ミドルレンジ・セオリー、民族考古学と物質研究
第5章 文化とプロセス
第6章 思想とイデオロギー
第7章 ポストプロセス考古学と解釈学的考古学
第8章 考古学、ジェンダー、アイデンティティ
第9章 考古学と文化進化論
第10章 ダーウィンの進化論と考古学
第11章 考古学と歴史学
第12章 考古学、政治及び文化
第13章 結論 理論の未来
用語解説
より深く学びたい人のために


隣接諸科学、例えば文化人類学、地理学、地質学などでは、こうした欧米における一般的な教科書がいくつも翻訳されており、それらを読むことで学部生や初学者が欧米における基礎的な知識を身に付けることができるように配慮されているのだが、「日本考古学」でもようやくそうした環境が整いだしたことを感じさせる一書である。

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タグ:翻訳 理論
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大島2014『月と蛇と縄文人』 [全方位書評]

大島 直行2014『月と蛇と縄文人 -シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観-』寿郎社

「…考古学の世界では出土品などの分類が目的化してしまい、ほかの学問の成果を取り入れて縄文人の精神性を明らかにするという作業を長い間怠ってきたのです。次から次と掘り出される資料の分類につねに翻弄されていて、その余裕がなかったともいえますが。
どんな学問もそうですが、考古学もまた「人間とは何か」を明らかにするためにあります。ですから縄文人についても、もっと人間としての側面から研究することが必要なことは明らかです。科学も文字もない社会で生きていくためには、もっぱら「人類の根源的なものの考え方」を用いて「世界(自然)を認識する」ことが必要だったはずです。」(6-7.)

著者は2月19日の公開討論会にわざわざ北海道から参加されて、励まされる意見を頂いた。
「合理的・科学的思考でものを考える、あるいは経済的価値観を至上とするような現代社会に生きる私たち」に対して刺激的で示唆に富むコメントだった。

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高崎2002、そして大坂金太郎 [全方位書評]

高崎 宗司 2002 『植民地朝鮮の日本人』岩波新書790

「元在朝日本人の朝鮮時代への対し方には、大きく分けて三つのタイプがあるようである。第一のタイプは、自分たちの行動は立派なものだったとするものである。第二のタイプは、無邪気に朝鮮時代を懐かしむものである。そして、第三のタイプは、自己批判しているものである。」(201.)

日本考古学協会の創立時委員メンバーに引き寄せて考えると、差し詰め第一のタイプは藤田氏、梅原氏に、第ニのタイプは斉藤氏が該当する。
その他に、第四のタイプとして学問にのみ専念したとする駒井氏、江上氏が、第五のタイプとして開き直るものとして八幡氏が該当しそうである。
第三のタイプとしては、創立時委員には加わらなかった和島誠一氏などが挙げられるであろう。

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櫻本1983『空白と責任』 [全方位書評]

櫻本 富雄 1983 『空白と責任 -戦時下の詩人たち-』 未来社

「わたしが以下に述べることは、従来の金子論にみられる誤謬を指摘し、それらを正すことではない。また、いまさら金子光晴の戦争責任をあげつらったり問責するつもりでもない。それらの誤謬からうかがえる戦後の詩人たちの姿勢を、危険な傾向とみ、危惧するからである。そして、不幸にも戦後の詩人たちは、そんな自己の姿勢に無自覚であるように思えるからである。
戦争責任を論考することは、よく弾むボールを厚い壁に向ってぶつけるようなものである。ボールはまちがいなくはね返って来る。ぼんやりしていれば、顔面や胸にしたたかな反撃をもたらすだろう。他と共に問われているのは、常に自身のことである。しかし、壁がいったん<平和>の霞の彼方にかくれてしまうと、投じられたボールの行方も反動も忘却されてしまう。こうして戦争責任論は、「汚れていない白い手」や「おくれて登場した者の戯言」などという次元にすり替えられてしまった。
くりかえすが、わたしの危惧は真実めかして語られる虚妄を、まったく無批判に盲目的に、ひとかけらの検証精神もなく「前提」にしている戦後の詩人たちの、脆弱な姿勢である。
それは、あの戦争や日本軍を「聖戦・神軍」と歌った時代の詩人たちの、うら返しにすぎないのではないだろうか。」(88.)

引用文の「詩人」を全て「考古学者」に置き換えることができるだろう。
「戦後の考古学者たちの姿勢を、危険な傾向とみ、危惧する」点において、全く同意である。「ぼんやり」できない所以である。

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『アイヌの遺骨はコタンの土へ』 [全方位書評]

北大開示文書研究会 編著 2016 『アイヌの遺骨はコタンの土へ -北大に対する遺骨返還請求と先住権-』緑風出版.

「ところがある日から、私はある夢を見るようになりました。毎晩毎晩、私は同じ夢を繰り返し見ました。その夢では、私どもの先祖が葬られている森の外に、私が立ちすくんでいるのです。森の中にはとても幸せそうな人びとがいて、彼らは誇りに満ちていました。年長の方々もいらっしゃいました。親や子どもたちも。
その中のある年配の女性が、私が森の外に立っているのを見ていました。彼女は片手を私の方に伸ばしながら私に近寄ってきたのです。しかしその手は彼女の体から落ちてしまいました。彼女の目からは涙がこぼれ、私に背を向け、森の中に帰って行きました。次に、とある年配の男性が私を見つけました。彼は私の方に両手を差し出しました。そして両手と頭を私の方にかしげました。すると、彼の両腕と頭が胴体から落ち、私の方に転がってきたのです。その両目からは涙がこぼれていました。次々と森の中の年配の方たちの体から手や足や頭が落ちて行くのを私は目撃したのです。」(ボブ・サム「われらが遺骨を取り戻すまで -アラスカの返還運動-」(207-208.)

アラスカ州クリンギッド族の遺骨を「埋め戻す」エキスパートの方の話しである。何かホラー映画のような情景であるが、心理学の夢判断などで解釈すれば、いろいろな事が述べることができるだろう。
重要なのは、こうした思いが「返還運動」の原動力となっているということ、そのことに関係者あるいは部外者は思いを致さなければならないということである。

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植木2015『植民学の記憶』 [全方位書評]

植木 哲也 2015 『植民学の記憶 -アイヌ差別と学問の責任-』緑風出版

前著『学問の暴力』を、6年前に紹介した。

「1977年4月、北海道大学経済学部ではいつもの年度と同じように新学期が始まっていた。軍艦講堂の一番教室で開講された「北海道経済史」は、経済学部四年生を対象に毎週金曜日と土曜日に開かれる講義だった。100名ほどの受講生に対して、授業を担当したのは、当時経済学部長を務めていた林善茂である。
講義に出席した学生たちの話によると、林教授は最初の講義で、「北海道経済史は日本人を主体にした開拓史であり、アイヌの歴史は切り捨てる」と語った。それだけでなく「学生たちを笑わせるための冗談や雑談」として、アイヌ民族の身体的特徴を強調し、アイヌ女性を蔑視した表現をするなど、差別的な言葉を繰り返した。
こうした発言を「暴言」と感じた学生が一人のアイヌに相談した。相談を受けたのは結城庄司。当時、アイヌ解放同盟の代表として、積極的に民族差別問題に取り組んでいた人物である。とくに研究者たちによるアイヌ差別に反対する活動を展開し、札幌医科大学で1972年に開催された日本人類学会と日本民族学会の連合大会で、出席者に公開質問状を提出し、アイヌ民族に対する研究者の意識を問いただしていた。」(12.)

こうした経緯を経て、先月の新聞報道に繋がっていく。
それでは遺骨と共に発掘された考古資料の扱いについて日本考古学協会の対応は、どうなっているのだろうか。

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田村1994『慶陵調査紀行』 [全方位書評]

田村 實造1994『慶陵調査紀行』平凡社

「慶陵と著者(田村)との縁由をいえば六十有余年の昔にさかのぼる。1931(昭和六)年七月、日本東亜考古学会によって組織された内蒙古調査団が、チャハル省およびシリンゴール盟における考古、歴史、人類、地質、言語の各部門にわたる総合的学術調査を目的として、山西省張家口から長城をこえて内蒙古入りを敢行したとき、たまたま当時、この学会から派遣されて北平(北京)に留学中であった著者は現地から参加することになった。
慶陵は、当初この調査団の調査対象ではなかったが、田村の熱望がいれられて、一行は八月中旬、興安嶺を西から東にこえて、かつて遼代に慶陵の奉陵邑であった慶州城址にあたるバリン左翼旗管内の白塔子部落を訪れた。翌日団員の江上波夫氏(東京大学名誉教授)と田村とは、写真技師田中周治氏を伴い一人のラマ僧を案内者として、ここから西北約14㌔をへだてる興安嶺山系のワール・イン・マンハ(慶雲山)の地下にある慶陵三陵墓(東陵・中陵・西陵)の調査に赴いた。」(21.)

ここで述べられている「内蒙古調査団」とは、前々回の記事で紹介した「東亜考古学会蒙古調査班」のことを指す。

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