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大島2014『月と蛇と縄文人』 [全方位書評]

大島 直行2014『月と蛇と縄文人 -シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観-』寿郎社

「…考古学の世界では出土品などの分類が目的化してしまい、ほかの学問の成果を取り入れて縄文人の精神性を明らかにするという作業を長い間怠ってきたのです。次から次と掘り出される資料の分類につねに翻弄されていて、その余裕がなかったともいえますが。
どんな学問もそうですが、考古学もまた「人間とは何か」を明らかにするためにあります。ですから縄文人についても、もっと人間としての側面から研究することが必要なことは明らかです。科学も文字もない社会で生きていくためには、もっぱら「人類の根源的なものの考え方」を用いて「世界(自然)を認識する」ことが必要だったはずです。」(6-7.)

著者は2月19日の公開討論会にわざわざ北海道から参加されて、励まされる意見を頂いた。
「合理的・科学的思考でものを考える、あるいは経済的価値観を至上とするような現代社会に生きる私たち」に対して刺激的で示唆に富むコメントだった。

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高崎2002、そして大坂金太郎 [全方位書評]

高崎 宗司 2002 『植民地朝鮮の日本人』岩波新書790

「元在朝日本人の朝鮮時代への対し方には、大きく分けて三つのタイプがあるようである。第一のタイプは、自分たちの行動は立派なものだったとするものである。第二のタイプは、無邪気に朝鮮時代を懐かしむものである。そして、第三のタイプは、自己批判しているものである。」(201.)

日本考古学協会の創立時委員メンバーに引き寄せて考えると、差し詰め第一のタイプは藤田氏、梅原氏に、第ニのタイプは斉藤氏が該当する。
その他に、第四のタイプとして学問にのみ専念したとする駒井氏、江上氏が、第五のタイプとして開き直るものとして八幡氏が該当しそうである。
第三のタイプとしては、創立時委員には加わらなかった和島誠一氏などが挙げられるであろう。

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櫻本1983『空白と責任』 [全方位書評]

櫻本 富雄 1983 『空白と責任 -戦時下の詩人たち-』 未来社

「わたしが以下に述べることは、従来の金子論にみられる誤謬を指摘し、それらを正すことではない。また、いまさら金子光晴の戦争責任をあげつらったり問責するつもりでもない。それらの誤謬からうかがえる戦後の詩人たちの姿勢を、危険な傾向とみ、危惧するからである。そして、不幸にも戦後の詩人たちは、そんな自己の姿勢に無自覚であるように思えるからである。
戦争責任を論考することは、よく弾むボールを厚い壁に向ってぶつけるようなものである。ボールはまちがいなくはね返って来る。ぼんやりしていれば、顔面や胸にしたたかな反撃をもたらすだろう。他と共に問われているのは、常に自身のことである。しかし、壁がいったん<平和>の霞の彼方にかくれてしまうと、投じられたボールの行方も反動も忘却されてしまう。こうして戦争責任論は、「汚れていない白い手」や「おくれて登場した者の戯言」などという次元にすり替えられてしまった。
くりかえすが、わたしの危惧は真実めかして語られる虚妄を、まったく無批判に盲目的に、ひとかけらの検証精神もなく「前提」にしている戦後の詩人たちの、脆弱な姿勢である。
それは、あの戦争や日本軍を「聖戦・神軍」と歌った時代の詩人たちの、うら返しにすぎないのではないだろうか。」(88.)

引用文の「詩人」を全て「考古学者」に置き換えることができるだろう。
「戦後の考古学者たちの姿勢を、危険な傾向とみ、危惧する」点において、全く同意である。「ぼんやり」できない所以である。

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『アイヌの遺骨はコタンの土へ』 [全方位書評]

北大開示文書研究会 編著 2016 『アイヌの遺骨はコタンの土へ -北大に対する遺骨返還請求と先住権-』緑風出版.

「ところがある日から、私はある夢を見るようになりました。毎晩毎晩、私は同じ夢を繰り返し見ました。その夢では、私どもの先祖が葬られている森の外に、私が立ちすくんでいるのです。森の中にはとても幸せそうな人びとがいて、彼らは誇りに満ちていました。年長の方々もいらっしゃいました。親や子どもたちも。
その中のある年配の女性が、私が森の外に立っているのを見ていました。彼女は片手を私の方に伸ばしながら私に近寄ってきたのです。しかしその手は彼女の体から落ちてしまいました。彼女の目からは涙がこぼれ、私に背を向け、森の中に帰って行きました。次に、とある年配の男性が私を見つけました。彼は私の方に両手を差し出しました。そして両手と頭を私の方にかしげました。すると、彼の両腕と頭が胴体から落ち、私の方に転がってきたのです。その両目からは涙がこぼれていました。次々と森の中の年配の方たちの体から手や足や頭が落ちて行くのを私は目撃したのです。」(ボブ・サム「われらが遺骨を取り戻すまで -アラスカの返還運動-」(207-208.)

アラスカ州クリンギッド族の遺骨を「埋め戻す」エキスパートの方の話しである。何かホラー映画のような情景であるが、心理学の夢判断などで解釈すれば、いろいろな事が述べることができるだろう。
重要なのは、こうした思いが「返還運動」の原動力となっているということ、そのことに関係者あるいは部外者は思いを致さなければならないということである。

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植木2015『植民学の記憶』 [全方位書評]

植木 哲也 2015 『植民学の記憶 -アイヌ差別と学問の責任-』緑風出版

前著『学問の暴力』を、6年前に紹介した。

「1977年4月、北海道大学経済学部ではいつもの年度と同じように新学期が始まっていた。軍艦講堂の一番教室で開講された「北海道経済史」は、経済学部四年生を対象に毎週金曜日と土曜日に開かれる講義だった。100名ほどの受講生に対して、授業を担当したのは、当時経済学部長を務めていた林善茂である。
講義に出席した学生たちの話によると、林教授は最初の講義で、「北海道経済史は日本人を主体にした開拓史であり、アイヌの歴史は切り捨てる」と語った。それだけでなく「学生たちを笑わせるための冗談や雑談」として、アイヌ民族の身体的特徴を強調し、アイヌ女性を蔑視した表現をするなど、差別的な言葉を繰り返した。
こうした発言を「暴言」と感じた学生が一人のアイヌに相談した。相談を受けたのは結城庄司。当時、アイヌ解放同盟の代表として、積極的に民族差別問題に取り組んでいた人物である。とくに研究者たちによるアイヌ差別に反対する活動を展開し、札幌医科大学で1972年に開催された日本人類学会と日本民族学会の連合大会で、出席者に公開質問状を提出し、アイヌ民族に対する研究者の意識を問いただしていた。」(12.)

こうした経緯を経て、先月の新聞報道に繋がっていく。
それでは遺骨と共に発掘された考古資料の扱いについて日本考古学協会の対応は、どうなっているのだろうか。

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田村1994『慶陵調査紀行』 [全方位書評]

田村 實造1994『慶陵調査紀行』平凡社

「慶陵と著者(田村)との縁由をいえば六十有余年の昔にさかのぼる。1931(昭和六)年七月、日本東亜考古学会によって組織された内蒙古調査団が、チャハル省およびシリンゴール盟における考古、歴史、人類、地質、言語の各部門にわたる総合的学術調査を目的として、山西省張家口から長城をこえて内蒙古入りを敢行したとき、たまたま当時、この学会から派遣されて北平(北京)に留学中であった著者は現地から参加することになった。
慶陵は、当初この調査団の調査対象ではなかったが、田村の熱望がいれられて、一行は八月中旬、興安嶺を西から東にこえて、かつて遼代に慶陵の奉陵邑であった慶州城址にあたるバリン左翼旗管内の白塔子部落を訪れた。翌日団員の江上波夫氏(東京大学名誉教授)と田村とは、写真技師田中周治氏を伴い一人のラマ僧を案内者として、ここから西北約14㌔をへだてる興安嶺山系のワール・イン・マンハ(慶雲山)の地下にある慶陵三陵墓(東陵・中陵・西陵)の調査に赴いた。」(21.)

ここで述べられている「内蒙古調査団」とは、前々回の記事で紹介した「東亜考古学会蒙古調査班」のことを指す。

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不可視委員会2016『われわれの友へ』 [全方位書評]

不可視委員会(HAPAX訳)2016『われわれの友へ』(Comite invisible A nos amis) 夜光社

「ひとつの文明の終りが/世界の終わりではない者たちへ
 なによりもまず蜂起のうちに/組織ぐるみの嘘と混迷と愚かさの支配にうちこまれた
 ひとつの裂け目をみとめる者たちへ
 たちこめる「危機」の霧の背後に/作戦と術策と戦略がくりひろげられた舞台の存在を
 ―それゆえ反逆の可能性をみいだす者たちへ
 攻撃する者たちへ/好機をうかがう者たちへ
 共謀の友をもとめる者たちへ/離脱する者たちへ
 試練をたえぬく者たちへ/みずからを組織化する者たちへ
 革命的な力をつくりだそうとする者たちへ
 革命的、なぜならそれは感覚的なものであるから
 われわれの時代を解明するための/ささやかな試論をここにささげる」
 (裏表紙より)

ヨーロッパはフランスの友からの呼びかけである。
本書は、八ヶ国語・四大陸で同時的に刊行された。
示唆に富む多くのことが、述べられている。

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黄編(李・李訳)2015『韓国の失われた文化財』 [全方位書評]

黄 壽永 編(李 洋秀・李 素玲 増補・日本語訳)2015『韓国の失われた文化財 -増補 日帝期文化財被害資料-』三一書房、国外所在文化財財団企画、荒井 信一監修(原書:考古美術資料第22集『日帝期文化財被害資料』韓国美術史学会、1973)

「わが国土が日帝に占領され、あらゆる文化の遺産が彼らによって蹂躙された今世紀初半の歴史は、悪夢のようにわれわれの脳裏から離れず、その痕跡はまた容易く癒されはしない。彼らはいわゆる「古蹟調査事業」を名目としているが、その成果のようなものは、彼らが犯した古代墳墓の掠奪のようなたったひとつの事例だけを挙げても、彼らは何を持って(ママ)補償し弁明するのだろうか。…
ここで考古美術資料集の一冊として、この間収集した日帝期、わが文化財の受難を中心とした各種資料をまとめた訳は、たったこれだけでも今日に至っては新しく揃えるのに、時間と力が要るという判断の下に、もしかしてこのように粗末な資料集が、私たちの過去のつらい事実を後世の人に伝え、今後その保存と研究のために、何か小さな助けになればという祈願からだ。この本が、そのような資料のごく少数しか載せられないことは、あまりに明白だ。今後このような小さな集成が基礎となり、われわれの文化財受難の諸相を伝えるのに助けになるのなら、それに勝る喜びはないだろう。」(黄 壽永 「序文」:24-26.)

正に「小さな助けになればという」祈りと願いが、実現したのだ。

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ブラウン(鈴木訳)1972『わが魂を聖地に埋めよ』 [全方位書評]

ディー・ブラウン(鈴木主税訳)1972『わが魂を聖地に埋めよ -アメリカ・インディアン闘争史-』上・下、草思社(DEE BROWN 1970 BURY MY HEART AT WONDED KNEE An Indian History of the American West.)

「その昔、この土地はわれわれの父のものだった。だが、川へ行ってみると、岸に兵隊のキャンプができていた。そこの兵隊は私の木を伐り倒し、私の野牛を殺している。それを見て、私の心ははりさけんばかりになり、悲しみでいっぱいになった。」(サタンタ、カイオワ族)

「この戦争はこのわれわれの土地でもちあがったものではない。グレート・ファザーの子らがわれわれにもたらしたものだ。彼らはここにやってきて無償でわれわれの土地を取りあげ、たくさん悪いことをした。この戦争の起こりは強奪行為だ。彼らがわれわれの土地をくすねたことから起こったのだ。」(スポテッド・テイル、スー族)

「彼らはみな私の友人だと言う。そして正しい取扱いを約束するが、その口から出る言葉はいずれも申し分がないのに、私の仲間にたいしては何の手もうたれず、ほったらかしにされているのがどうしてなのか、私には理解できない。マイルズ将軍はわれわれを自分の土地に帰してやると約束した。私はマイルズ将軍を信用した。そうでなければ、決して降伏なんかしなかっただろう。
私はあとからあとから話ばかり聞かされたが、何も実行されないのだ。言葉ばかりが立派でも、それによって何かが行なわなければ意味はない。言葉によって死んだ仲間の命はつぐなわれはしない。今や白人が踏み荒らしている土地がかえってくるわけでもない。…私はもう意味のないおしゃべりは聞きあきた。さんざん立派な言葉を聞かされ、たくさんの約束が破られたことを思うと、胸が悪くなる。」(ジョゼフ、ネ・ペルセ族)

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水野1948『東亞考古學の發逹』 [全方位書評]

水野 清一 1948 『東亞考古學の發逹』古文化叢刊7、大八洲出版株式會社

「わが國の學者は明治以来敗戰のその日まで、終始東亞考古學のために力をつくしてきた。もちろん學者も、そのときどきの政情からまつたく超然たることはできない。そのためおほいに困難したときもあり、また反對に利便をうけたときもあつた。けれども、それらはしよせん、べつのことがらである。學術そのものとは、なんのかゝはりもない。わが國の學者たちは、概してさういふものからはなれ、純乎として學術の要請するところにしたがひ、まじめな努力をつゞけ、また公正な行動をとつてゐたやうにおもふ。たとへば、その古蹟を保存し、遺物の散佚をふせぐについても、つねに眞劍な努力がはらはれたことは、だれの眼にもあきらかなところである。いま四十年の足迹をかへりみて、先人のため、またわれわれみづからのためにひそかによろこぶものはこれである。學術こそは、いつのときにも明朗であり、公明でありうる。學術に國境がないといふ眞の意味もわかるやうにおもふ。」(157-158.)
 

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