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李2018『闘争の場としての古代史』 [全方位書評]

李 成市(り そんし) 2018 『闘争の場としての古代史 -東アジア史のゆくえ-』岩波書店

「交流の物語は、往々にして自己については競って語るが、他者については自己の延長か操作の対象でしかない。かつての日鮮同祖論は、朝鮮を古来、日本の延長で捉えようとしたが、それと現今の南北朝鮮における渡来人の過大な歴史的評価は対応関係にあるといえよう。(中略)
国家の物語とは、国家間の垣根を高くするものであり、国家の物語の相克は、相互理解を隔て、そうした垣根を益々高くせざるをえない。そもそも、それは、自己と他者とを隔てる内部の言説だからである。国民国家はすでに耐用年数を超えていると言われて久しいが、19世紀に創出された国民国家の物語は依然として生き延び、むしろ東アジア諸国間では物語の相克のなかで強化されている感なしとしない。」(16-17.)

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金子2017『何が私をこうさせたか』 [全方位書評]

金子 文子2017『何が私をこうさせたか -獄中手記-』岩波文庫(青N 123-1)

言わば「自伝文学」である。しかし、ただの自伝ではない。23才の確定死刑囚が担当判事から「過去の経歴について何か書いて見せろ」と言われて記した「生い立ちの記」である。

「生まれ落ちた時から私は不幸であった。横浜で、山梨で、朝鮮で、浜松で、私は始終苛められどおしであった。私は自分というものを持つことができなかった。けれど、私は今、過去の一切に感謝する。私の父にも、母にも、祖父母にも、叔父叔母にも、いや、私を富裕な家庭に生れしめず、至るところで、生活のあらゆる範囲で、苦しめられるだけ苦しめてくれた私の全運命に感謝する。なぜなら、もし私が、私の父や、祖父母や、叔父叔母の家で、何不自由なく育てられていたなら、恐らく私は、私があんなにも嫌悪し軽蔑するそれらの人々の思想や性格やをそのまま受け容れて、遂に私自身を見出さなかったであろうからである。だが、運命が私に恵んでくれなかったおかげで、私は私自身を見出した。そして私は今やもう17である。」(279.)

金子 文子:1903-1926
「関東大震災の2日後に、治安警察法に基づく予防検束の名目で、愛人(内縁の夫)である朝鮮人朴烈と共に検挙され、十分な逮捕理由はなかったが、予審中に朴が大正天皇と皇太子の殺害を計画していたとほのめかし、文子も天皇制否定を論じたために、大逆罪で起訴され、有罪(死刑判決)となった。後に天皇の慈悲として、無期懲役に減刑されたが(恩赦を拒否し)、宇都宮刑務所栃木支所に送られて、そこで獄死した。」(ウィキペディアよりカッコ内は引用者が補う)

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이선제 묘지 귀향이야기(李先齊 墓誌 帰郷記) [全方位書評]

이선제 묘지 귀향이야기(李先齊 墓誌 帰郷記)
불법반출과기증,보물의탄생까지(不法搬出と寄贈、宝物の誕生まで)
국외소재문화재재단,2018(国外所在文化財財団 2018) ISBN 979-11-86625-16-3

李 先齊(イ ソンジェ:1390-1453)は、『高麗史』や『太宗実録』などの編纂事業に携わった韓国の文人であった。しかし子孫が疑獄事件に巻き込まれたことで、彼に関する多くの記録が失われ、生没年すら定かではない忘れられた存在となっていた。1998年に彼の墓が盗掘されて、その墓誌が密かに日本に持ち込まれた。一度は空港の税関で発見されたが、その時は簡単な記録が残されただけで現物の差し押さえには至らず、直後に巧妙な手段で持ち出されてしまった。2014年になって、日本に所在する韓国文化財を取り扱う「国外所在文化財財団」がその存在を知るに至り、16年前に記された関係資料との照合作業などを経て不法輸出品であることを確認し、4年間に渡り所蔵者ほか関係者・法的専門家と共にその取扱いを慎重に協議した結果、2017年「粉青沙器象嵌李先齊墓誌寄贈提案書」が作成され、東京で「粉青沙器李先齊墓誌寄贈式」、ソウルの国立中央博物館で「美しい寄贈 粉青沙器李先齊墓誌寄贈式」が行われて当該墓誌は無償で韓国側に寄贈された。寄贈後に韓国の国宝「宝物第1993号」に指定されて、今は故郷の光州国立博物館に収蔵されている。

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和田2015『遺跡保護の制度と行政』 [全方位書評]

和田 勝彦 2015 『遺跡保護の制度と行政』同成社

表紙に著者の肩書(それも14年前の元の所属)が記されている珍しい書籍である。

「本書は、そのように多様な意味や価値をもつ遺跡について、「文化財保護法」を中心とする法令で構成されているその保護、取扱いに関する「制度」と、それに基づいて国と地方公共団体の行政機関が行う「行政」の仕組みおよび「実務」を説明し、そしてさらにそれらの将来の方向性を提案することを主な目的としている。」(i)

私の着眼点は、「遺跡」と「埋蔵文化財包蔵地」の相互関係である。

「本書が対象とする「遺跡保護」の制度は、上記の1の「記念物」(そのなかの「遺跡」)および3の「埋蔵文化財」に関する制度によって構成されている。「遺跡」が埋蔵されている土地(埋蔵文化財包蔵地)には法第6章の埋蔵文化財の制度がはたらき、「遺跡」(が埋蔵されている土地)のうち重要なものは、法第7章の「史跡」の制度で護られる。」(16.)

本書を通じてそうだが、「遺跡」と「埋蔵文化財包蔵地」という2つの用語の使い分け、すなわちどのような時に「遺跡」を用いて、どのような時に「埋蔵文化財包蔵地」を用いるのかといった明確なルールは見出し難い。それぞれの用語が法令上に現れた経緯に応じて(「遺跡」は第2条 第1項 第4号、「埋蔵文化財包蔵地」は第93条 第1項)、その都度、融通無碍に用いられているとしか思えない(72-76.)。

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井上2017『天皇の戦争宝庫』 [全方位書評]

井上 亮 2017 『天皇の戦争宝庫 -知られざる皇居の靖国「御府」-』ちくま新書1271

筆者は、私と同い年のジャーナリストである。

「御府(ぎょふ)は計五つ造られた。各御府の名称と戦争、造営時期(資料によっては相違あり)は次のようになっている。
〇振天府=日清戦争、1896(明治29)年10月
〇懐遠府=北清事変(義和団事件)、1901(明治34)年10月
〇建安府=日露戦争、1910(明治43)年4月
〇惇明府=第一次大戦・シベリア出兵、1918(大正7)年5月
〇顕忠府=済南・満州・上海事変、日中・太平洋戦争、1936(昭和11)年12月
御府のほか大砲など大型の戦利品を収蔵する砲舎や天皇のための休所、模型置き場などもあった。戦後に取り壊されたものもあるが、御府本体の建物はすべて往時の姿で残っている。」(9-10.)

まさに「知られざる」そして「忘れられた」施設群である。ワープロの変換候補にも「ぎょふ」→「御府」は出てこない。

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『現代思想』2018年9月号(Vol.46 No.13)特集 考古学の思想 青土社 [全方位書評]

討議 :溝口(考古学)・國分(哲学)・佐藤(宗教哲学)、中沢(人類学)・山極(霊長類学)
エッセイ :港(映像人類学)
概論 :溝口(考古学)
考古学のフロント :ハミラキス(考古学?)、五十嵐(考古学)、吉田(考古学)、内田(考古学/考古学史)、辻川(考古学)
考古学的方法 :田中(表象文化論)、三中(進化生物学)
人類史の更新 :大西(人類学)、柳澤(哲学/キリスト教思想)
現代思想との交差 :佐藤(宗教哲学)
の14本で構成された特集号である。

『現代思想』誌としては、衝撃的な1990年12月号「考古学の新しい流れ」あるいは大規模科研の産物としての2016年5月号「人類の起源と進化」以来の考古学特集号である。
本特集が生れた震源は、以下の一文と思われる。

「さて、めまぐるしくうつりゆく、現代思想の(こう呼んでよければ)「物質的」転回を考えたとき、同じく物質の学を自認しているはずなのに、その転回にどこか「乗り遅れ」ている学問分野があるように思われる(そこに乗らなければいけないわけでもないのだが)。それが「考古学」である。」(佐藤 啓介2016「死者は事物に宿れり」『現代思想』44-1:232.)

「乗り遅れている」とされた学問に対する、いわば「テコ入れ」企画である。
果たして「テコ」は入っただろうか?

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緑川東問題2018(その7) [論文時評]

まだまだ続く。
今回は、縄文時代文化研究会2018年発行の『縄文時代』第29号より。

「敷石住居跡と大形石棒に関しては、昨年度から引き続き、東京都国立市緑川東遺跡SV1と出土の大形石棒4点について議論が展開されており、五十嵐彰は「廃棄時設置」という解釈に批判的見解を示す。そのなか東京考古談話会主催による公開討論会「緑川東遺跡の大形石棒について考える」が開催された。これらの議論は「遺物論」の項目で詳細に取りあげられると思われるが、敷石住居跡に関わる議論であることから、本項でも概括的に触れておきたい。討論会では、これまでも異論を呈してきた五十嵐彰が、これらの形成過程について持論を提示する。五十嵐は、大形石棒が敷石遺構SV1構築時ないしは使用時に並置されたものであり、敷石住居の転用ではないと結論づける。五十嵐の指摘するように、あらゆる可能性を排除せずに先入観にとらわれずに形成過程を検討することは重要であろう。」(阿部 昭典2018「遺構論」:185. 以下、文献リスト番号および註は省略して引用)

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2018c「鉛筆で紙に線を引く -考古学的痕跡-」 [拙文自評]

2018c「鉛筆で紙に線を引く -考古学的痕跡-」『現代思想』第46巻 第13号(2018年9月号 特集=考古学の思想)青土社:101-113.

遥かな過去を掘り起こし、まだ見ぬ未来を創造する。
考古学はその発見のたびごとに人類史を書き換え、私たちの人間や社会をめぐる常識を揺さぶり続けてきた。
本特集では、考古学の最前線から、現代思想やイメージ論への拡張的な側面まで、その尽きせぬ魅力を掘り起こしていく。(出版社宣伝文より)

書店発売は、8月27日予定とのこと。

デリダの灰に始まり、インゴルドの線を経由して、ショーバン先生のことばに終わる。
思想・哲学をメイン・フィールドとする完全アウェイの試合で、持てるもの全てを出し尽くす。
さて、その採点結果は?

一言で言えば「縦横無尽」。英語で言えば'boundlessly'か。
大胆なサイドチェンジ、オープンスペースへのロング・フィード、2列目・3列目からの駆け上がり、ヒールとスルーを交えた多彩なワンツー、流動的な全員攻撃そして全員守備、これぞ「リビング・フットボール」。

途中から様々なブロッブ(blob)が結びつきながら、思いもよらない化学反応を示し始めた。
あるいはバラバラだったピースが然るべき場所に納まっていく、とでも言おうか。
第2考古学の目標である、本質的で根源的な事柄に少しでも接近すること。
果たして?
確かに言えることは、一つ。
ここに一つの痕跡を記した、ということ。
後年、何処かの、誰かが、その痕跡を確かめてくれるだろう。

振り返れば(後知恵的な気もするが)、以前にも引用した以下の文章に導かれて、という気がする。

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タグ:痕跡
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田中2017『文化遺産はだれのものか』 [全方位書評]

田中 英資 2017 『文化遺産はだれのものか -トルコ・アナトリア諸文明の遺物をめぐる所有と保護-』春風社

2007年にイギリスの大学に提出した博士論文をもとに、その後の成果も含めて昨春出版された。非常に重要な成果である。

「一般に、文化遺産の返還問題とは、盗難や売買など何らかの事情により本来あった場所から移動した文化遺産(考古学的遺物)に対して、そうしたものが本来あった場所にあるのが自然であるという考え方に基づいて、その返還を求めることである。すなわち、「文化遺産は誰のものか」、「文化遺産はどこにあるべきか」という、文化遺産の所有と保存されるべき場所の二点が争点の中心になっている。」(133.)

トルコは、ギリシャ・エジプトと並んで、数多くの文化財が国外に流出している「原産国」である。
トルコ北西部に住むある人は山に狩猟に出かけて「地面から鉄の棒のようなもの」が突き出ているのを見つけて、そのことを警察に届けなかったということで、逮捕されて刑務所に入れられてしまったという(29.)。トルコでは、いかに政府が考古資料の保全・管理に気を使っているかという逸話である。
その背景には、トルコにおいて遺跡の盗掘や遺物の不法流出が横行している問題がある。
ある人は、「トルコでは耕運機よりも金属探知機の方が多い」とすら言う。

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タグ:返還問題
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緑川東問題2018(その6) [雑]

どうも動きがないようである。
皆さまのご助力が必要です。
別種の「クラウドファンディング」である。

【東京国立博物館宛 公開質問状】

1.展示No.147の説明文にある「炉跡を挟んで」という文言は、どのような根拠に基づいているのか、ご説明下さい。もし説明できないのでしたら、どのような経緯でこのような文言が記載されるに至ったのか、その経緯についてご説明下さい。

2.本来借用資料に関する説明文は借用先の了解の下で記されているものと理解していますが、どのような了解が得られているのでしょうか? もし了解が得られていないのだとしたら、そうした在り方が東京国立博物館として通常の在り方なのかどうかについて、ご説明下さい。

とりあえず…

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タグ:緑川東問題
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緑川東問題2018(その5) [総論]

なかなか収束が見えない。

7月3日から9月2日まで開催されている東京国立博物館における特別展「縄文 -1万年の美の鼓動-」の展示キャプションから
「147 整然と横たえられた大形石棒 重要文化財 石棒
 東京都国立市 緑川東遺跡出土
 縄文時代(中期~後期)・前3000~前1000年
 東京・国立市(くにたち郷土文化館保管)
石敷きの建物跡の底面から、炉跡を挟んで2本ずつ4本が整然と横たわるように出土した。形や大きさなどに強い規格性がうかがえる。大形の石棒がほぼ完形で、かつ4本が整然とまとまって出土するのは極めて珍しい。」

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緑川東問題2018(その4) [論文時評]

「(緑川東遺跡の)敷石遺構(SV1)の周縁部には柱穴と推定されるピットと周溝があることから上屋をもつ建物跡と推定されるが、同遺跡で見つかっている柄鏡形敷石住居とは掘り方の深さや平面形が異なる。」(谷口 康浩2017「柄鏡形住居研究の論点と課題整理」『国史学』第223号:21.

 

「SV1は、他の調査地点の緑川東遺跡や周辺遺跡の柄鏡形住居の事例をみると、主体部の規模や竪穴の構造において何ら大きく異なる点がみつからない。また、敷石の間隙に小礫を埋める手法や対ピットが存在すること、柄鏡形住居の構造で特徴的な主軸を中心として左右対称である点、石棒が2本ずつ左右に配置されている点、石の敷き方で奥壁部空間や出入口部の石のない空間が存在する点などに柄鏡形住居の特徴がみられる。」(本橋 恵美子2018「東京都国立市緑川東遺跡の敷石遺構SV1について」『東京考古』第36号:125.

 

前者の「掘り方の深さや平面形が異なる」は「特殊遺構説」、後者の「主体部の規模や竪穴の構造において何ら大きく異なる点がみつからない」は「一般住居説」である。

ある一つの遺構に対して、ここまで異なる見解が生じているということが、他の世界の人びと、例えば物理学の研究者や運送業に従事する人びとは到底理解できないだろう。

果して、この両者に折り合える余地、妥協点は見出せるのだろうか?

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緑川東問題2018(その3) [論文時評]

「後期初頭の敷石遺構床面から四本並んで出土した石棒が重要文化財に指定され、企画展や研究会が開催された。緑川東問題とは、この石棒が敷石廃絶時に置かれたものとする報告書の見解に対し、敷石敷設時から置かれていたとも考えられることを端緒に、「敷石=住居説」や「石棒は樹立されるもの」という前提への異議を唱えた五十嵐 彰の語であり、様々な見解が提示されている。また、国史学会で柄鏡形敷石住居に関する研究会が開催され、その成果が刊行されている。この中で谷口康浩・山本暉久が緑川東例の評価も含め、それぞれの立場から研究の現状と論点・課題をまとめている。」(中村 耕作2018「縄文時代」『史学雑誌』第127編 第5号(2017年の歴史学界 -回顧と展望-)史学会:19-20、参考文献は引用略)

ということで、昨年末に提出された文章について確認する。

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いま『コロニアリズムと文化財』を考える [研究集会]

《荒井信一先生追悼シンポジウム》「いま『コロニアリズムと文化財』を考える -文化財をめぐる日韓・日朝の葛藤の歴史、現状と今後を語る-」

日時:2018年 6月 3日(日)14:00~17:00
場所:大阪経済法科大学 東京麻布台セミナーハウス2F 大会議室
呼びかけ・共催:韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議、東アジア歴史・文化財研究会
後援:岩波書店、国外所在文化財財団

1. 日本帝国の文化財略奪と『東洋史』(李 泰鎮)
2. 『コロニアリズムと文化財』の意義と課題(李 成市)
3. コロニアリズムと『文化的暴力』(康 成銀)
4. 日本に在る朝鮮由来の文化財、なぜ、ここに(李 素玲)
5. 『コロニアリズムと文化財』と考古学(森本 和男)
6. 『コロニアリズムと文化財』をどう読んだか -国際法の視点から-(戸塚 悦朗)

「荒井信一先生が昨年10月に逝去されてから半年が経過しました。晩年の先生のお仕事の中で、貴重で内外から高く評価されているのが、2012年に発行された岩波新書『コロニアリズムと文化財』でした。日韓併合100年の2010年に朝鮮半島由来の文化財の問題が注目され、2011年には「日韓図書協定」批准のための衆議院外務委員会に招かれて、参考人として意見を述べるなど議論を深めて、まとめられた著作でした。植民地期に流出した文化財の問題を、世界史的な視野で議論した画期的な著作で、韓国語にも翻訳され出版されました。同書刊行から6年近くがたち、その後に起きた出来事や葛藤もふまえて、改めて同書を読み、いま何を学び、今後に生かしていくべきかを語るシンポジウムを開催します。」(シンポジウム案内チラシより)

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緑川東問題2018(その2) [論文時評]

前回の和田2018に引き続いて掲載されているのが、以下の文章である。

本橋 恵美子 2018 「東京都国立市緑川東遺跡の敷石遺構SV1について」『東京考古』第36号:113-128.

「SV1は、上屋構造をもつ竪穴建物で、敷石は中央の土坑を造ってから石棒とともに配されたものとみられる。」(114.)
敷石と石棒の同時構築、すなわち「石棒設置敷石住居製作時説」である。

惜しむらくは、引用ミスが頻発していることである。

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緑川東問題2018(その1) [論文時評]

新たな論点が提示された。

和田 哲 2018 「緑川東問題について -特殊遺構・石棒配置の証明-」『東京考古』第36号:103-112.

「ここでは、多岐にわたる問題があるが、敢えて、論点を下記の2点に絞って論証したい。
 ①、敷石遺構SV1は一般的敷石住居ではなく、特殊な祭祀遺構であること。
 ②、4本の石棒は敷石を一部剥がして、その部分を平坦にならして並置されたこと。」(104.)

前者(①)は私と同意見なので、後者(②)について感想を述べてみよう。
後者(②)は、4点(a, 多摩川中流域の敷石住居構築の地域的特徴 b, 敷石を剥がした証拠について c, 床下土坑と敷石の関係 d, 石棒の並置について)に分けて述べられているが、特に「b, 敷石を剥がした証拠について」(109.)が焦点となる。

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2018b「考古累重論」 [拙文自評]

2018-5-26「考古累重論 -<場>と<もの>の相互関係-」『日本考古学協会第84回総会 研究発表要旨』:50・51.

「考古学における層位論に関連する文章では、「下層が古く堆積し、上層は新しく堆積した」という地質学の「地層累重の法則」に言及して「下層の遺物は古く、上層の遺物は新しい」と述べられることがある。しかし前者の法則から本当に後者のような論述を導くことができるだろうか? そこには「日本考古学」独特の論理の飛躍あるいは逸脱があるように思われる。考古資料を、<場>と<もの>の相互関係として捉えてみたい。」(50.)

ということで、まず型式論における「一括遺物」を「単層の場合」と位置付けて「面と点の関係」を確認し、次に層位論における「累重関係」を「重層の場合」として「<場>と<もの>の関係」から、両者を統一的な視点から認識した場合に、現在の「日本考古学」の言説状況をどのように評価できるかについて考えた。

昨年本ブログにおいて提出した夏休みの宿題【2017-07-22】とその暫定的な回答【2017-07-29】について、もう少し考えを深めた結果である。

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鞆谷2011『日本軍接収図書』 [全方位書評]

鞆谷 純一 2011 『日本軍接収図書 -中国占領地で接収した図書の行方-』大阪公立大学出版会

「本書は、2011年3月に受理された博士論文「第二次大戦中の中国における日本軍接収図書の研究」(大阪市立大学大学院創造都市研究科)を単行本化したものである。」(231.)

「第一の目的は、第二次大戦中の中国における日本軍接収図書の史実を明らかにすることである。
第二の目的は、史実を明らかにした上で、日本軍図書接収の目的について、筆者自身の検証結果を示すことである。(中略)
第三の目的は、国内の主な機関に搬入されていた接収図書の搬入経緯や、その後の扱い、敗戦後の返還状況を明らかにすることである。」(18.)

中国大陸における日本軍占領地における図書の接収・略奪(筆者は戦時期については「接収」を、戦後期については「略奪」という語を使い分けている)の状況が、華北・華中・華南・上海・香港・北部仏印を対象として詳細に記されている。植民地である台湾と満洲は対象外とされた。それは、1946年のGHQによる「略奪財産の没収と報告」という指令(SCAPIN885)の対象が、1937年7月7日以降であるからという(19.)。

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2018a「「生ける歴史」とは何か -渤海国半拉城址発掘を中心に-」 [拙文自評]

2018-5-1「「生ける歴史」とは何か -渤海国半拉城址発掘を中心に-」『韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議年報』第7号:8-10.

「「死せる歴史」ではない「生ける歴史」として過ぎ去った時代をどのように評価するのか、私たちの植民地支配に対する歴史的な責任が深く問われている。」(9.)

最近記した3本のブログ記事を元に、昨年亡くなられた先学に対する拙い献呈文とした。

偶然出会った対談記録、そこでは当時の満洲国の文化財担当者によって、関東軍が遺跡の発掘調査を秘密裡に強行したことが回顧されていた【2018-02-17】。回顧者は自らを「不逞な思想を持っていた」、「当時の軍は始末に負えなかった」と述べていた。早速本人の当時の著書を取り寄せたところ、そこには「軍によって文化財が保護されて時局に翼賛した」とか「満洲国の建国は歴史の必然である」といった、対談で述べられていたことと全く異なることが記されていた。

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黒尾2017「韓国・昌寧古墳群の出土品「鉄道貨車二台分」は「事実」か?「伝説」か?」 [論文時評]

黒尾 和久 2017 「韓国・昌寧古墳群の出土品「鉄道貨車二台分」は「事実」か? 「伝説」か? -『韓国の失われた文化財』出版を機に省察する-」『二十一世紀考古学の現在』山本暉久先生古稀記念論集、六一書房:681-690.

「本稿は、『韓国の失われた文化財』を媒介にして、自らの歴史認識について省察を行う、その一里塚である。」(681.)

筆者が本論を記すに至った経緯をまとめると以下のようになる。

金 泰定1988「『日本書紀』に現れた対韓観」『先史・古代の韓国と日本』で昌寧の出土品が「鉄道貨車二台分」になったという記述に対する編者である斉藤 忠1988「本書の編集にあたって」『先史・古代の韓国と日本』の「伝説化」という「釘刺し」、そして李 亀烈1993『失われた朝鮮文化』における金1988と同様の記述から、その根拠が梅原 末治1946『朝鮮古代の文化』ではなく、同1947『朝鮮古代の墓制』であることを確かめて、斎藤の「釘刺し」は「退けられるべき」との結論を得る。
最近になって、黄 壽永編(李 洋秀・李 素玲訳)2016『韓国の失われた文化財 -増補 日帝期文化財被害資料-』の解題(李 基星)によって、原書(黄1973)の誤り(梅原1946ではなく1947であること)が正されていることを確認する。

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