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自文引用 [総論]

前回の記事[2015-02-18]では、書評対象である松田 陽2014『実験パブリックアーケオロジー』から、以下の文章を引用した。

「このポストプロセス考古学に影響を与えたのが、1980年代以降のイデオロギーの弱体化、文化相対主義の広がり、ポスト植民地主義の台頭などの世界的潮流を背景にさまざまな地域にて表面化した「過去をめぐる政治問題(politics of the past)」である(Ucko 1990)。パブリックアーケオロジーにとってとりわけ影響が大きかったのは、各地域の先住民族、またいわゆる二世三世を含めた移民たちが自分たちの過去の社会的認知を求めて展開した運動、さらには、民族・宗教紛争が続く地域にてしばしば見られた文化財破壊行為と、それに対する賛否を問う白熱した議論であった。こうした情勢の中、考古学が政治とは無縁な学究的営みである、あるいはそうあるべきだ、という主張が通用しにくくなり、ついには、そのような主張自体が社会的に無責任であるという声も上がるようになった。このようにして、考古学がどのように社会や政治システムと向き合っていくべきなのかということが根底から考え直されるようになった。」(松田2014:11-12.)

ところが2年前に刊行された松田 陽・岡村 勝行2012『入門パブリック・アーケオロジー』を書評した際にも[2012-12-12]、以下のような極めて類似した文章を引用していたことに、今更ながら気が付き、まるで狐につままれたような思いである。

「二つ目の要因としては、1980年代以降のイデオロギーの弱体化、文化相対主義の広がり、ポスト植民地主義の台頭などの世界的潮流を背景に、「過去をめぐる政治問題(politics of the past)」がさまざまな地域にて表面化したことが挙げられる。パブリック・アーケオロジーにとってとりわけ影響が大きかったのは、各地域の先住民族、またいわゆる二世・三世を含めた移民たちが自分たちの「過去」の社会的認知を求めて展開した運動、さらには、民族・宗教紛争が続く地域にてしばしば見られた文化財の破壊行為と、それに対する賛否を問う白熱した議論であった。こうした情勢の中、考古学が政治とは無縁な学究的営みである、あるいはそうあるべきだ、という主張が通用しにくくなり、ついには、そのような主張自体が社会的に無責任であるという声も上がるようになった。このようにして、考古学がどのように社会や政治システムと向き合っていくべきなのかということが根底から考え直されるようになった。」(松田 陽2012「世界のなかのパブリック・アーケオロジー -その成り立ちと理論-」『入門パブリック・アーケオロジー』:22-23.)

どうしてこのようなことになってしまったのだろうか?
私の記憶力の減退は別にしても、何よりも松田2014の「パブリックアーケオロジーの発展の経緯」(10-12.)と松田2012の「1980年代後半以降のパブリック・アーケオロジーの発展」(22-23.)の文章全体が前者は後者からの様々な流用によって構成されていることが大きな要因である。
文章だけではなく、松田2014の「図2.1 パブリックアーケオロジーの四つのアプローチ」は、松田2012の「図1 パブリック・アーケオロジーへの四つのアプローチ」から「代表的な文献」という項目を削除したものであるし、松田2014の「図2.2 教育的・広報的アプローチと多義的・批判的アプローチとの間の論争」は松田2012の「図2 教育的・広報的アプローチと多義的・批判的アプローチとの間の論争」そのままである。

過去に発表した自分の文章を、新たに発表する論文にあたかも初めて発表する文章のごとく「コピペ」して再利用する。
他人の文章や図を何ら出典を記すことなく、そのまま流用すれば、それは盗用あるいは剽窃となる。
しかし自分の文章なのだから、何ら問題はない。
本当にそうだろうか?

ある人がこうした文章や図を引用する。
2012『入門』(ナカグロあり)でも2014『実験』(ナカグロなし)でも同じような文章なのだから、どちらでもいい、という訳にはいかないだろう。
もともとのオリジナルが未刊行英語学位論文であり(Matsuda A.2009 Engaging with Archaeology. 2012『入門』の参考文献には示されているが、なぜか2014『実験』では見当たらず)、その日本語版が2014『実験』であったとしても、日本語による初出は2012『入門』なのだから、2014『実験』の当該箇所にはその旨を記すべきだったのではないだろうか。

たとえ自分の文章や挿図といえども、何の断り書きもなく、そのまま再び用いるべきではなく、転用・流用・引用するのなら、文章全体にカギカッコを付して過去に発表した文章であることと初出文献を明示し、改変した挿図を用いるのなら「〇〇年の〇〇図より一部改変」といったキャプションを付すべきであり、せめて「本章の文章は、自らが記した何々の文章を基に加筆・修正を加えた」といった一文があってしかるべきではなかっただろうか。

論文作法といった類の文章では、他人の文章と自分の文章の区別を明確にするようにと説く。しかし重要なのは、他人の文章か自分の文章かといった区別ではなく、他人・自分を問わず過去に発表された文章を用いる場合にはすべからく引用符を付して明示しなければならないということである。
欧米ではこうしたアカデミック・マナーは日本などに比べて遥かに厳格であると思われ、ある意味で言わずもがなの記事ではあるが、以前にも他の研究者の著書で似たような経験をしたことがあるので、そして「批判を頂けなくなった時点で研究者としては終わると思っております」という氏の2年前の言葉(全方位書評『入門パブリック・アーケオロジー』コメント[2013-02-03])に応じて、あえて記した。
同じような文章を知らずに読まされて、狐につままれるような私のような読者が再生産されないことを願うばかりである。


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NO NAME

 他人の文章と自分のそれとの区別は存在するとは思いますが、自分の文章でも同一(またはほぼ同一)の文章を記す場合には、やはり出典は明記する方が適切でしょう。
 このようなことをすれば評価を落とすことになり、一番損をするのは本人なので、放っておけばいいというのが大方の反応ではないかと推察されます。ただし、「この程度のことならば・・・」という甘い認識が、研究不正やねつ造といった大問題を起こしかねない土壌をつくりだしてしまっている可能性を考慮するならば、この記事のご指摘は至極まっとうであるのみならず、大きな重みを持っていると言えます。
 さらに私が気にかかっていることは、日本語ではこのようなことをしたとしても、英語では控えるのではないかという疑問です。もしもそうであるならば、それは、本人が意識しているか否かにかかわらず、本邦の学界を愚弄する行為であり、日本人の研究者は自分たちがバカにされたということを強く認識し、なぜそのような扱いを受けたのか、その要因について考える必要があるでしょう。
 そして最終的には、その人が何を大切にしているのか、何を目指しているのかということに行きつきます。五十嵐さんがおっしゃっていらっしゃったように生き方の問題です。既にプロの研究者として仕事をなさっている方でもそのあたりが未だ明確ではない(または、そのようなことに対する問題意識がない)という場合も往々にして見られることではありますが、それでは自分がそれを批判できるだけのことを成し遂げてきたかというと、それは否定せざるを得ません。また、業績を出すときはあくまでも誠実であるべきであり、さらに自分の名前で文章を出すということは身を削るような作業であるということを、あらためて思いかえしております。
 
 三か月間、大変お世話になり、どうもありがとうございました。ご迷惑をおかけするようなことばかりでお詫び申し上げなければなりません。また、たくさんのことをご指導、ご教示いただきましたことに、心よりお礼申し上げます。
 すばらしい報告書が完成しますように、そしてご自身の研究におかれても目覚ましい成果をあげられますことを、お祈り申し上げております。
by NO NAME (2015-02-25 21:17) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

丁寧なコメント、ありがとうございます。何か無理強いをしたような気がしており申し訳なく思っておりましたが、お陰様で意を強くいたしました。
ある程度の業績を積み重ね、それなりの地位・資格を有すると往々にして人は、体面を気にして、なんでもないことでもできなくなることが多い世の中で、私こそ学ばせて頂きました。
「彼らは、長い衣をまとって歩き回ることや、広場で挨拶されること、会堂では上席、宴会では上座に座ることを望み、…」(マルコ12:38.)
またどこかでお会いすることを楽しみにしております。
本ブログに対しても、これからも宜しくご支援のほど、お願いいたします。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2015-02-25 22:06) 

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