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2:トリッガー2015『考古学的思考の歴史』 [全方位書評]

「古典考古学の保守性の主要因は、大学院生が海外にでかけて、通常は大規模で長期にわたる発掘プロジェクトのためにつくられたヒエラルキー構造内で調査を実施せねばならないことにある、と[Dyson 1989・1998:Morris 1994b, p.14]。そこで大学院生は、自分が先輩研究者の好意に依存していることに気づく。そうした先輩研究者は、学生がどんなテーマを研究できるのか、どのように調査をおこなうのかといったことを指示する。たとえ革新的な調査者であっても、独自の方針をたてる地位におさまるころには、お定まりの物事のやり方にすっかりはまりこんでしまうわけだ。」(53.)

数年前にある大学院生から、専攻に入った頃は色々と問題意識もあったのに、学年が上がるにつれて、特に先輩から指導を受けて卒論を書くころには、ある一定の型に染まっていったような気がする、といった話しを聞いたことを思い出した。
「3割バッター論」(羽生淳子2015「考古学から現代社会へ」『考古学研究』61-4:104.)とも、通じる話しである。

「1945年以後、考古学者は日本民族の発展観を提示するのに一役買った。こうした発展観は、第二次世界大戦の軍事的敗北のあとに残されたイデオロギー上の空白を満たすものであった。戦後すぐに、和島誠一(1909-71年)は、マルクス主義理論と先史・原史時代の集落組織に関する情報を駆使して、日本の初期の国家および階級システムをうみだした社会変容について推論をおこなった。小林行雄(1911-89年)は、これと同様の展開を技術的観点から研究した。日本が左翼急進主義から政治的に離れ、より中道的な立場に向かってゆくにつれて、戦前に確立していた文化史的アプローチが優勢になっていった。日本考古学は、目にみえるかたちで過去との関係をあたえてくれた。また、経済・文化が変化し不安定であった戦後の諸時期をとおりこしたという安定感を強化するのに一役買った。考古学は、独特でほかに譲りえない日本人とはいったいなにか、ということに関する重要な情報源とみなされたのである。」(191-2.)

「日本考古学」は「日本国家史の観点から理解しようとしている」とされる。なぜなら「現代日本の生活の特徴を、はるか過去にさかのぼって突きとめることで、変化や外来思想がやってこようと、日本国家の本質的価値にとってさほど脅威ではないようにみせうる、というわけだ。」(192.)
このように理解されても、大きくは間違いではないだろう。
「日本ユニーク論」に「日本考古学」も大きな役割を果たしている、というわけだ。

「学史研究」すなわち「日本考古学の歴史研究」を見れば、こうした徴候は明らかである([論文時評90]内田2011【2012-0202】、[論文時評119]河村2014【2014-0528】など)。

「文化史的な考古学者は、伝搬と移住という題目のもと、変化の原因をどれもこれもまとめて外部のプロセスに求めつづけながらも、文化が新しい特徴を受容したり拒否したりする理由や、革新が社会をどう変えてゆくかをみつけだそうとする努力をほとんどしなかった。これが文化史的な考古学者のもっとも顕著な欠点であった。考古遺跡はかつてどんな様子だったのか、そうした遺跡ではどんな活動がおこなわれたのか、といったことへの関心が高まっていたにもかかわらず、個々の文化がシステムとしてどう機能し変化したのかについて知ろうという意志が欠落していたのだ。このことを理解しないならば、伝搬と移住は今後も説明にあらざるものにとどまるだろう。以上の問題は、長いあいだずっと認識されつづけてきた。しかし、その解決策は最終的に、文化史的アプローチの内部からでなく、外部からもたらされることとなった。」(225.)

「文化史的アプローチに永続的な価値があるとすれば、それはエスニシティを強調したり、文化変化にたいする伝搬論的・移住論的な説明を強調することに存しない。そうした価値は、物質文化が発展をとげた実際の系統を、考古記録のなかにあとづける能力にこそ存在するのだ。文化史的考古学(進化論的考古学ではない)は、生物学における古生物学的研究と同等のものなのである。古生物学と同じく、文化史的考古学の主たる長所は、時空間をつうじて歴史的関係をあとづけることにある。こうしてえられた歴史的な知見は、変化のプロセスに関する進化論的な普遍化を構築するための前提条件となる。」(226.)

「文化史的アプローチ」による「文化史的考古学」と「日本考古学」で隆盛を極める「第1考古学=編年研究」では、微妙な違いがある。もちろん、その大部分は重複しているのだが。
だから「日本考古学」は「生物学における古生物学的研究と同等のもの」という表現は、正鵠を射ていると言えよう。
古生物学的研究は、生物学において重要な位置を占めているだろう。同様に文化史的考古学や編年研究も考古学において、重要な位置を占めている。ただし、それがそのままそれではない、すなわちそれ以上でもそれ以下でもない、ということである。


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